どんな君も


 短い停泊期間に、稲妻の料理を食べ尽くそう!と言い出した北斗船長の案に乗っかり、私達は稲妻城下にある烏有亭を貸切どんちゃん騒ぎをしていた。話し声、笑い声、美味しそうな香りにお酒の匂い。今日くらいは羽目を外しても…というかいつも皆羽目を外しているか。酒が入りいつも以上に騒ぐ皆を見ていると、おぼつかない足取りで店を出て行く彼の姿を見つけた。壁に手をついてそっと居なくなった彼はいつもとは違う様子で、体調でも悪いのかと思い私は後を追った。
 
「万葉?大丈夫?」
 
 店の外に居た万葉はその場に蹲っており、膝に顔を埋めていてその表情は窺えない。やっぱり体調が悪いんだろうか。恐る恐るその肩に触れると、万葉はゆっくり顔を上げた。
 
「…ナマエが三人居るでござる」
 
「……三人?」
 
 万葉の言っている意味が分からないが、思わず辺りを見渡してみる。どう見たって私はここに一人しか居ない。幻覚でも見えている?大丈夫なの?万葉の目の前にしゃがみ彼の顔をじっと見てみる。よく見ると顔がほんのり赤い。いつもにこにこと笑っている万葉だけれど、にこにこというよりへらへら笑っている。もしかして…
 
「お酒飲んだ?」
 
 微かに香るお酒の匂いに私が顔を顰めると、万葉はぶんぶんと首を横に振る。「飲んれない」と言う呂律の回らない口調の万葉にそれは確信へと変わる。
 万葉の白くて柔らかい頬に手を伸ばしてそれを横にぎゅーっと引っ張ると、万葉は「うぅっ…」と言いながら目をぎゅっと瞑る。
 万葉はお酒に弱いらしい。この前も間違えてお酒を飲んでしまっていつもとは違う姿を見せて皆を驚かせていたというのに。
 万葉の頬を摘んでいた指を放すと、何故か万葉はじーっと私の手を見つめる。何かあるのかと思い引っ込めようとしていた自分の手が宙を漂う。すると、万葉は私の手をそっと取り、掌に頬をくっつけてすりすりと頬擦りをし始める。
 
「ナマエの手は冷たくて気持ち良いでござる」
 
 まるで小さな子供のような事をする万葉にぽかんとしていたが、ハッと我に返り手を引っ込める。びっくりした。あの万葉があんな事をするだなんて。急に目の前から無くなった私の手を虚な目をした万葉がきょろきょろと探し始める。探すも何も目の前にあるのだけれど…暫くすると万葉は眉を下げ、泣き出しそうな顔になる。
 
「拙者の事が、嫌いになったのか?」
 
「な、何でそうなるの!」
 
 瞳を潤ませた万葉が私の顔を覗き込む。紅色の瞳に頬を赤く染めた自分の顔が映っている。徐々に近付いてくる万葉の顔に色々耐え切れなくなってぎゅっと目を瞑ると、ドサリという音と共に体に何かがのし掛かる。そっと目を開けると、まるで糸が切れたかのように私に凭れ掛かり万葉が寝息を立てていた。
 
「…タチの悪い酔っ払いだ」
 
 銀色の髪をそっと撫でる。すうすうと寝息を立てるその顔は、普段大人びた雰囲気の彼とは違いうんと幼く見える。
 
 万葉にはまだ、お酒は早いかもね。
 
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