花より君から

 死域の駆除、薬草の採取、研究に関する要件、それら全てをいっぺんに終わらせてくると言って村を離れたティナリが帰ってきたのは二週間後だった。その間、他のレンジャー達と力を合わせて仕事をこなしてきたが、やはりティナリが居ないと全然ダメだという事に気が付いた。それに、別の意味でも私は全然ダメだった。
 
 ガンダルヴァー村の至る所から「おかえり!」という声が聞こえている。声を掛けられている主の姿を目撃した途端、私は自分でも驚く程の速さでティナリへと抱き着いていた。

「わあ!」
 
 ティナリがバランスを崩して後ろへと倒れかけるが、尻尾がクッションになり、転倒する事はなかった。
 息を吸うと、ティナリの匂いがする。ティナリの温もり、ティナリの声。じわりと滲んできたものをティナリの服へとぐりぐり押し付けると、何かを察したのかティナリが私の膝の裏に触れたかと思うと、ひょいと私を持ち上げた。
 
「疲れたから家に帰るよ。また明日からよろしく頼むよ」
 
 遠回しに二人にしろというティナリの言葉に村のみんなはやれやれと言いながら笑っていた。恥ずかしくて顔を上げる事ができない私の肩をぎゅっと抱くと、ティナリが耳元へと顔を寄せた。
 
「寂しかったの?」
 
 少し低くて、甘い声に、ただでさえぐちゃぐちゃになっていた脳を掻き回されるかのようだ。正直に小さく頷くと、ティナリは少し笑って、自分の家までの道を私を抱いたまま歩いた。
 
 ティナリの家へと着くと、ティナリは私を椅子へとそっと下ろした。
 たかが二週間、されど二週間。ティナリと会えなくて寂しくておかしくなるかと思った。けれど、だからってあんな皆の前で抱き着くなんてあまりにも大胆な事をしてしまった。じわじわと羞恥心が顔を出してきたけれど、今はそんな事よりも目の前にいるティナリに沢山甘えたくて仕方がなかった。
 ティナリは私の前にしゃがむと、私の顔をジッと見てからにこりと笑った。
 
「…二週間ぶりのナマエだ」
 
 へへ、と言って笑うティナリに堪らなくなって、抱き着くと、今度こそバランスを崩したティナリが後ろへと倒れる。仰向けに倒れたティナリの上に乗っかって、彼の体へと抱き着く私は少しはしたないけれど、今日くらいは許してほしい。
 
「…寂しかった」
 
「うん、僕もだよ。二週間もよく耐えたね」
 
 えらいえらい、とまるで子供をあやすかのようにティナリが私の頭を撫でる。背格好はそんなに私と変わらないのに、私よりも一回り大きいティナリの手が好き。ティナリに撫でてもらっていると気持ちが落ち着いていく。でも、寂しさというものはなかなか埋まる事はない。ぎゅうぎゅうと未だティナリの体にしがみついていると、ティナリは私の頭を撫でるのを止め、同じように私の体をぎゅーっと抱き締め返してくれた。
 
「会ってない間に甘えん坊になっちゃったね?」
 
 愛しさと甘さをたっぷり含んだティナリの声に、身体中が喜んでいるのが分かる。ティナリの首元に埋めていた顔をそっと上げると、ティナリは瞳を細めて私を見ていた。私が瞳を閉じると、ティナリの手が私の後頭部へと回って、そして唇が重なる。少し、カサついたティナリの唇。ちゅっちゅっとそれを繰り返していると、ティナリの唇は段々潤っていく。徐々に深くなる口付けはいつもなら恥ずかしくなって途中で顔を背けてしまうけど、今日はもっともっとと欲張ってしまう。熱い唇と熱い舌に頭がぼぅっとしてきた。私の体を抱いていた方のティナリの手がゴソゴソと動いて、そして私の服の中へと侵入してくる。それを受け入れようとより一層深い口付けを…と思ったのに、何故かティナリは私の服の中に入れ掛けていた手を引き抜いて、口付けを止め、体を起こした。
 
「……危なかった」
 
「危ない?」
 
「…帰ってきて早々に盛るなんて色々ダメだろ。それよりも先に、君に話したい事が沢山あるし、君の話も沢山聞きたいんだ」
 
 私の下からするりと抜けると、ティナリがリュックの中を漁り出す。どうやら私へと持って帰ってきてくれたお土産を探しているみたいだ。いつもの冷静なティナリに戻ったかのように装っているけれど、ティナリの顔はまだ少し赤くて、息も整っていない。そんな光景をきょとんと見ていると、私の視線と考えている事に気が付いたのか、ティナリがじろりと私を睨む。
 
「………何?」
 
「…ふ、あはは!」
 
 なんていうか、ティナリらしい。久しぶりの再会とはいえ、会って数分でそういう雰囲気になるのはティナリの同義に反するのだろうか。行動と様子がちぐはぐで何だか笑いが込み上げてくる。笑う私を見てティナリは不服そうな目をしていたが、暫くすると、私につられたのかティナリも笑い出した。
 
「確かに、さっきの僕はあんな事を言いながらも全然落ち着けてなくて笑えたね」
 
「そうだね」
 
「……そこは、そんな事ないよって言うところだろ〜!」
 
 ティナリの手が私の頬を摘んで、ぐいーっと引っ張る。痛い痛い!と言ってはみたけれど、加減をしてくれているのか、本当は全然痛くなかった。ティナリの手に触れると、ティナリは私の頬を引っ張るのを止めて、そして私の顔をジッと見た。どうかしたのかな?と首を傾げると、ティナリの顔が近付いてきて、ちゅっと音を立てて私の唇へと口付けた。目を閉じるのも忘れて驚いている私を見てティナリはくすりと笑うと、ティナリの腕が伸びてきて、私の体をぎゅっと包み込んだ。
 
「…ただいま」
 
 その言葉に少しだけ、涙が込み上げる。ゆっくり息を吐いてそれに耐えて、私はティナリの背中へと腕を回した。
 
「おかえり」
 
 ティナリが小さく頷いた。私が寂しかったように、ティナリも私に会えなくて寂しかったんだね。たかが二週間会えなかっただけじゃないかと言われるかもと思っていたけど、ティナリも同じように寂しがっていてくれたのだと思うと、すごく嬉しい。
 ティナリの薄い身体が潰れてしまうんじゃないかというくらい私がぎゅーっと抱き締めているというのに、ティナリは何故だか私を抱き締める力を緩めている。不思議に思って少しだけ身体を離してティナリの顔を見ると、ティナリの目がいつもと少し違う事に気が付いた。普段、あまり見た事のないその目は、ある時にしか見せない目をしていた。その意味に気が付いた時には身体がふわりと浮いていて、いつの間にか私を抱っこしたティナリは、自分の鼻を私の鼻にスリスリと擦り付けると、ちゅっちゅっと私の頬や唇に何度も口付けた。
 
「…ねぇ、やっぱりさっき言ってた事、後でも良い?」
 
 その意味が分からない程鈍感ではない。そして、同意見だ。首を縦に振ると、ティナリは私をベッドへと下ろした。
 
 どうやらお土産と、お土産話を聞く事ができるのは、朝になってからになりそうだ。
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