どんな君だって


「ナマエ!師匠が大変なんだ!」
 
 夜のパトロールで見つけた大きくて綺麗な花弁のスメールローズを抱えた私に、コレイが駆け寄ってくる。師匠、という事はティナリの事だろう。何があったのかと目を瞬かせていると、コレイは泣き出しそうな顔で話し出した。
 どうやら、新人レンジャーが採ってきたきのこを使った鍋をみんなで食べようとしていたところにティナリが現れ、「僕が最初に食べるよ」と半ば毒味のような事をしたらしいのだが、食べた途端にティナリは鍋を誰も食べないようにと指示を出して家に篭ってしまったのだという。心配したコレイが何度呼びかけても「大丈夫だから」と弱々しい声で言うだけで姿は見せてくれないらしい。
 
「師匠はあたし達に弱っているところを見せたくないんだと思う…その、ナマエと師匠は…恋人同士、ってやつだろ?ナマエになら師匠も頼る事ができると思うんだ。だから、師匠の事看病してやってくれ!」
 
 矢継ぎ早にそう言うと、コレイはもう一度「頼んだぞ!」と言い走って何処かへ行ってしまった。話を聞いた感じだと、恐らく何かしらの作用を持つきのこを鍋で煮込んでしまって、調理前のきのこを見ていなかったティナリが鍋を口にした人の健康被害を考え毒味をしたのだろう。そしたら案の定症状が出てしまい、なぜか家に引き篭もっている、という事だろうか。というか、コレイはいつの間に私とティナリが付き合っているという事を知ったのだろう。バレバレなんだろうか…少し熱い頬を夜風で冷ましながらティナリの家へと向かう。
 
 ◇
 
「…ティナリ?コレイから話を聞いたんだけど、大丈夫?」
 
 ティナリの家の前で声をかけてみるが、返事はない。具合が悪くてもう寝てしまったのだろうか。みんなへのお土産にと持ってきたスメールローズを、ティナリの家の前にそっと置いていると、中から小さなティナリの声がした。
 
「………入って」
 
 いつも溌剌としている彼からは想像ができないような弱々しい声に胸に不安が広がる。大丈夫なのかなと思いながら家の中へと足を踏み入れると、ティナリはベッドに寝転がりぐったりとしていた。その額には沢山の汗をかいていて、顔も真っ赤だ。
 
「ティナリ!?大丈夫!?熱があるの?食べたきのこは毒だったの!?」
 
 慌ててティナリへと駆け寄ろうとしたが、近寄るなとでもいうかのようにティナリが私の目の前に手のひらを広げ突き出す。
 
「…大丈夫、だからっ…」
 
「大丈夫じゃないでしょ!薬は飲んだの!?」
 
 ティナリの制止を無視してティナリへと近寄る。ベッドの脇に座り、ティナリの額に手を当てると、ティナリの体が異常なくらい大きく跳ねる。
 
「…っ!」
 
「ご、ごめん!どうしたの?どこか痛かった?」
 
 ティナリの顔を覗き込むと、目をぎゅっと瞑っていたティナリがゆっくり目を開ける。その瞳にいつものような覇気は無く、熱を帯びてぼんやりとしている。もう一度恐る恐るティナリの額へ手を伸ばそうとしたが、ティナリの手が私の手を取る。その手はすごく熱くて、やっぱり熱があるじゃないかとティナリを見ると、熱を帯びた瞳に目を丸くした私の顔が映っている。唇が触れそうな距離に息を呑む。近くでかかるティナリの息は熱くて、そしてとても荒い。フーッフーッと、まるで野生動物のような息遣いをするティナリはやっぱり異常で、どうしてしまったのかと思っていたら、私の唇に熱い熱いティナリの唇が重なった。
 
「ん、っ…!」
 
 何故突然キスをされたのか分からず混乱していると、私の唇を割って、ティナリの舌が侵入してくる。ティナリとは恋人同士だから、こういった事をするのは勿論初めてではない。だからこそ分かる事は、彼は突拍子も無く激しいキスをしてくるようなタイプではない。少し異常な様子のティナリに動揺するが、ティナリは目を瞑り、まるで私の唇を食べてしまうのではないかというくらい貪っている。ティナリの舌も、口内もとても熱くて、口の中もどういうわけか唾液でとろとろになっている。そんな彼とするキスは気持ちが良くて、わけがわからない状況なのにドキドキしてしまう。ティナリと私の口元から零れ落ちた唾液がつぅーっと伝っていく。けれどティナリはそんな事なんて気にせずに無我夢中で私の口内を舐め続けている。もう、何分くらい経っただろうか。鼻で息をするのもしんどくなってきて、ティナリの肩をトントンと叩いてみるが、ティナリはキスを一向に止めようとしない。
 
「ふ、ティナ…っ」
 
 名前を呼んで制止しようとしたが、ティナリはうるさいとでも言うかのように私の肩を両手で掴み、またしても唇を貪っていく。これはやっぱり異常なんじゃないだろうか。そんな事を考えているうちに、気が付けば視界が反転して、私の背中はティナリの寝ていた筈のベッドへとぶつかっていた。やっと唇が離れたかと思えば、ティナリの手が私の服のボタンを外していく。え?え?と思いながらもティナリの手を緩く掴んでみるが、ティナリは未だ熱を帯びたぼうっとした目のままで、息を荒くしながら黙々と私の服のボタンを外していく。
 
「ちょっと、ティナリ!」
 
 さっきよりも少し大きめに声を上げてみたが、ティナリは私の声なんて聞こえていないみたいに、露わになった私の首元へと顔を近付けた。ティナリの熱い息が私の肩へと吹きかけられる。擽ったくて身を捩ったと同時に、肩に激しい痛みが走った。
 
「っ、痛っ…!」
 
 思わずティナリの体を押し退けると、ティナリの口元には血が付いていた。そーっと自分の肩に触れると、生ぬるい何かが手に触れた。それは私の血で、これはティナリが私の肩を噛んだという事だろうか。突然の事に目を丸くしていると、さっきまで何を言っても止まらなかったティナリの動きがぴたりと止まっている事に気が付いた。ティナリは目を見開き、血が流れる私の肩を見ていたかと思えば、慌ててベッドから下り、立ち上がった。
 
「ご、ごめん!僕は、なんて事を…」
 
 まだ目はぼんやりしているみたいだけれど、いつも通りのティナリだ。ティナリは引き出したから何かを取り出すと、それを私の肩へとすかさず塗り込んだ。
 
「これは傷薬だよ。本当に、本当にごめん…」
 
 眉を下げ治療をしてくれるティナリの顔はまだ赤く、息も荒い。私の肩に傷薬を塗りながら、何かに耐えるかのように目をぎゅっと瞑っては開いてを繰り返している。そっとティナリの肩に触れると、ティナリの体がまたしても大きく跳ねた。
 
「どうしちゃったの、ティナリ…」
 
 私がそう言うと、ティナリは困ったように眉を寄せてから大きく息を吸い込み、そして息を吐いた。
 
「……コレイから聞いただろ?新人レンジャーの採ってきたきのこ鍋を毒味したんだ。そしたら…」
 
 ティナリは言いにくそうに私から目を逸らした。何故口篭るのか分からず首を傾げると、ティナリはもう一度大きな溜め息を吐いてから、立ち上がり、私が居るベッドから数歩離れた。
 
「……そのきのこが催淫作用のあるきのこだったんだ」
 
 そう言うとティナリは顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。催淫作用…?私もレンジャーの業務をそこそこ勤めているが、そんなきのこがあるなんてあまり聞いた事がない。でも先程までのティナリの様子を思い返すと、催淫という単語がしっくりくる。火照った体に虚な目、強引なキス。色々当て嵌まる事の数々に頷いていると、ティナリはもう一度「ごめん…」と力無く言った。
 
「大丈夫だよ。ここに来たのが私で良かった」
 
「良くはないよ!君の肩を噛んでしまったし…これ以上一緒に居たら僕も君に何をするか分からないんだ。だから今日はもう帰って」
 
 私を見ないようにしているのだろうか、ティナリは顔を覆いながら家の扉を指差した。ティナリはああ言っているけれど、毒を感染されるというわけではないのだし、それに催淫系のものというのは特効薬などは無く、欲を晴らす事で治ると聞いた事がある。いつもピンと立っている大きな耳を力無くふにゃりと伏せて俯くティナリはこれから症状が治るまでどうするつもりなのだろうか。そっと彼に近寄り、その体をぎゅうと抱き締めると、ティナリが「わあ!」と言って顔を上げた。
 
「ねぇ!聞いてた!?僕、君に何をするか分からないよ!?」
 
「ティナリになら何されても良いよ」
 
 私の腕から逃れようとするティナリを逃さまいと抱き締める。私の言葉を聞いた途端、ティナリの動きがぴたりと止まった。ティナリの顔を覗き込むと、先程のようにフーッフーッと息が荒くなっている。少し元に戻っていたと思っていたのに、目も熱を帯び、虚だ。その瞳と目が合うと、ティナリの腕が私の体に回されて、顔もうんと近くなる。
 
「……後悔しても知らないよ」
 
 首の後ろをぐっと手で押さえられたかと思えば、ティナリの唇が私の唇へとぶつかる。すぐにこじ開けられると、ティナリの舌が私の舌を追いかける。とらえられ、吸い付かれると、じゅっといやらしい音が響き渡る。恥ずかしくて、顔を背けようとしたけれど、逃さないとでもいうかのように、ティナリの舌は奥へ奥へと侵入してくる。だらしなく口を大きく開けると、またしても唾液がつぅっと唇から顎へと伝っていった。ティナリは唇を離すと、伝い落ちた唾液を舐め取って、そのまま首元が露わになった私の鎖骨辺りをちゅっちゅっと音を立ててながら口付けていく。さっきの事があり肩の辺りに顔を寄せられると少しだけ身構えてしまう。それを察したのか、ティナリは顔を上げると眉を下げ、私の顔をじっと見た。
 
「…もうあんな事しないから、安心して」
 
「……うん。でも何でさっきは噛んだの?」
 
 ティナリの頭を撫でながら、責めるつもりはないという意味を込めてそう問うと、ティナリは少し恥ずかしそうに目を逸らし、何故か私の首元へとぐりぐりと顔を埋めた。
 
「……前にも言ったと思うけど、僕には肉食動物の血が流れているんだ。…たぶん、興奮した本能で君の事を噛んでしまったんだと思う」
 
 もう一度ティナリは「ごめんね」と謝ると、私にちゅっと軽くキスをした。ティナリの頭と大きな耳をゆっくり撫でると、ティナリは少し擽ったそうに身を捩った。
 
「言ったでしょ。ティナリになら何されても良いって」
 
 ティナリの顔がより一層赤くなった気がした。ティナリは私の体をぎゅっと抱き締めると、そのまま持ち上げてベッドへと移動する。ゆっくり私を寝かせると、ティナリは私の額に自分の額をごつんとくっつけ、欲に塗れた顔を隠す事なく少しだけ口元を上げ、笑った。
 
「僕も言ったと思うけど、もう一度言うね」
 
 ティナリの顔が私の耳へと寄せられる。その声はぞくりとする程低く、全身が沸騰するかのようだった。
 
「後悔しても知らないよ」
 
 
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