最後にとっておいてもいいよ


 ティナリの事が好きだと伝えた時も、彼は野に咲く花を愛でていた。玉砕覚悟の告白だったから、私の事なんて見る事もなく「そうなんだ」と流されるのではと思っていた。けれど、ティナリは目を見開いて、頬を染め頷き「僕もだよ」と少し口角を上げてぎこちなく笑ってくれたのを鮮明に覚えている。
 ティナリは優しい。冷たく見える事もあるけれど、それは彼が正直で、相手を思いやっているからこその裏返しだ。そんな事分かっていた筈なのに、ティナリが人の告白を無碍になんてするわけがないのに。恋愛をすると人は臆病になり思考回路はめちゃくちゃになる。かといえ受け入れられ、しかも両思いであったなんてこんなに嬉しい事はない。大好きな人と想い合えるなんて、一体何分の何の確率なんだろう。お互いの頬の熱が冷めた頃に、ティナリに聞いてみよう。
 
 ◇
 
 ティナリと付き合い、数ヶ月が経った。相変わらずティナリはレンジャーとしての仕事を全うし、植物の研究も欠かさない。分け隔てなく優しい彼はみんなに、そして私にも変わらず優しい。
 
「……はぁ」
 
 優しいティナリの事が好き。でも、恋人同士になれたんだから、その優しさの特別なものを私に向けてはくれないのだろうかと考えてしまう狡い自分がいる。
 それに、付き合って数ヶ月経つというのに、ティナリとの仲は一向に進展する気配がない。キスどころか、手だって繋いだ事がない。
 好きな人には触れたくなるものなんじゃないの?私はそうだ。ティナリの手に触れて、彼の少し薄い体にぎゅうぎゅうと抱き着きたい。女の私でさえもそんな事を考えているというのに、男のティナリは何も思っていないのだろうか。男の人って女よりもそういう欲がうんとあるイメージなのに。それとも、私に魅力がないからティナリは触れてくれないのだろうか。一度考え出すと嫌な方へと考えが転がっていく。
 
「……はぁ」
 
「二回目」
 
 突然聞こえた声に体が跳ねる。慌てて振り返ると、そこにはきょとんとした顔のティナリがいた。
 本人の登場により妙にぎこちない態度を取る私をまじまじと見ると、ティナリは少しだけ顔を顰めて、私の顔を覗き込んだ。
 
「溜め息なんて吐いてどうしたのさ」
 
 二回目、と言っていたのは私が吐いた溜め息の数だったのか。腰に手を当てて私見るティナリはどうやら私の事を心配してくれているらしい。こんな事、私にしかしないのかなと少し浮き足立ったが、恋人でなかったとしても優しいティナリならば心配してくれただろうと思うと、浮き足立っていた気持ちが徐々に沈んでいく。
 
「…なんでもないよ」
 
「どこが?なんでもないって顔をしていないけど」
 
 笑顔を浮かべて強がってみたが、どうやらティナリには見抜かれていたようで、ティナリは未だ私の顔をじっと見ている。これは誤魔化せそうにないな…とどうしたものかと目を泳がせていると、ティナリの顔が益々険しい表情へと変わっていく。
 
「僕に言えない事なの?」
 
 だって、こんな風になっている原因はティナリだし…何も言えずに俯いていると、ティナリが小さく溜め息を吐いたような気がした。うう、困らせている…居た堪れない気持ちになり、どうにかこの場から逃げだせないかと考えを巡らせるが、手にあたたかい物が触れた事で私の思考はストップした。
 
「…恋人なのに?」
 
 私の手に触れているものは、ティナリの手で、私の人差し指と中指の先を遠慮がちに掴んでいる。手を握っている、とは言い難いが、ティナリからの初めてのスキンシップに身体中が一気に熱くなる。しかも、恋人なのにと言った?恋人である事忘れてなかったんだ。嬉しくって、少し泣きそう。
 
「実はね…」
 
 情けなくって、穴があったら入りたかったけど、私はティナリに思っていた事を全て伝えた。ティナリの誰にでも優しいところが好き。でもみんなに与える優しさとは違う特別な優しさを欲してしまうという事、恋人同士なのにそれらしい事を全然していなくて不安になってしまう事。全て伝え終えると、真剣に私の話を聞いていたティナリは腕を組み何やら考え込んでしまった。どうしよう…恋人という言葉をティナリの口から聞いて浮かれていたとはいえ、我儘な事ばかり言って…と呆れられてしまっただろうか。ドキドキしながらティナリの言葉を待っていると、ティナリは顔を上げて、何処かへ向け指を差した。
 
「……婚姻届って、スメールシティにあるよね?」
 
「……え?あ、あるんじゃない?」
 
「結婚しようか」
 
「え!?」
 
 思わず椅子からひっくり返ってしまうところだった。け、結婚!?さっきの話の流れでどうして結婚という結論に至るのか。突然のプロポーズに嬉しいを通り越して驚きが勝ってしまった。冗談だよとティナリが笑ってみせるのを待ってみたが、いつまで経ってもティナリの顔は真剣で、冗談でないという事が分かる。
 
「僕は君の事が好きだし恋人だと思っているけど、君は今のままの関係だと不安になるんだろう?結婚をして夫婦という証を手に入れたらその不安は解消されるんじゃないかな」
 
「た、確かに………って、いやいや!私達まだ付き合って数ヶ月だよ!?しかもキスでさえまだしてないのに、それなのに結婚って色々すっ飛ばしてないかな?」
 
 一人の女として好きな人からどういう状況であれ結婚しようと言われたのは嬉しい。けれど、あまりにも順番が違いすぎるんじゃないだろうか。慌てる私とは裏腹にティナリは落ち着いていて、私の言葉に小首を傾げると何を言っているだ?とでも言いたげに腕を組み直した。
 
「僕が易々と人を好きなると思わないでよ。先の事くらい考えて君と交際しているんだけど」
 
 それって、行く行くは私と結婚する事を考えていてくれているってこと?その言葉に顔がかーっと熱くなる。頭も沸騰したみたいに熱くて、何か話そうと思っていたのに、全部忘れてしまって、何も言えなくなる。赤い顔を隠したくて、口元を手で覆うと、まるで隠す事を許さないとでもいうかのようにティナリの手が私の手を掴む。
 スメールの朝焼けを彷彿とさせる瞳と目が合う。ティナリの顔が徐々に近付いてきて、目を瞑る事さえ忘れて固まっていると、ティナリの額が私の額にごつんと触れた。
 
「キスさえしてないのに、とか言ってたね?」
 
 ティナリの瞳が細められる。いつの間にか私の頬に添えられていたティナリの手がするすると下りてきて、その親指が私の唇をゆっくりなぞる。
 
「いつだって、君の事食べる準備はできてるけど?」
 
 ちゅ、という音と共に私の体は後ろに倒れ込んだ。
 
 私の心配は全て杞憂だったようだ。キスも、それ以上も済ませた先にあるうんと特別な関係は、そう遠くない未来に訪れそうだ。
 
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