お手柔らかにお願いします


 お腹がぐぅと鳴いた。気付けば長い時間何も食べていない。背負っていたリュックの中を見るがラズベリーが一つ入っていただけで他には水と本とタオルくらいしか入っていない。ああ、お腹空いた。
 璃月を抜けてスメールシティを目指しているのだけれど、大きな森の中は歩いても歩いてもなかなか人里のような場所へ辿り着きやしない。このままだとお腹が空きすぎて死んでしまう…お腹を摩りながら何とか一歩、二歩と足を動かしていると、木の麓に紫色の艶々としたきのこを見つけた。いかにも毒がありますといった見た目をしているが、このきのこは見た事がある。もう一度リュックを開けて入っていた本を開く。
 
「…禍々しい見た目をしているが、毒はない…」
 
 こんな時の為にと持ってきたきのこ全集がまさかこんなところで役に立つなんて。本に載っているきのこの写真は目の前にあるきのこと同じだ。毒はないという説明書きを口にすると、私は早速きのこの根本を掴んでもぎ取った。調味料はいくつか持っているし、早速このきのこを細かく切ってスープにして食べよう。良い感じの木の枝を集めて焚き火を作る。いそいそと調理を始め、鍋から美味しそうな香りが漂ってきた瞬間、どういうわけか私の目の前は真っ暗になった。
 
 ◇
 
「…全く、どうしてこうも迂闊な旅人ばかりなんだろう」
 
 聞こえてきた凛とした声にゆっくり目を開けると、見慣れない天井と目が合った。そして視界の端にはうさぎの耳のようなものがぴょこぴょこと映っている。
 
「………うさぎ?」
 
「…命の恩人をうさぎ呼ばわりとは失礼だね」
 
 ハッとしてうさぎの耳を持つ者の姿を確認すると、そこにはうさぎではなく中性的な顔立ちをした男の子が私の寝るベッドの横に腰掛けていた。
 
「…え、ここは?」
 
「僕の家だよ。君は毒きのこを丁寧に調理して、そのきのこを煮込んだ香りを嗅いだ事によって意識を失って倒れているところを僕が発見したんだ」
 
 可愛らしい顔立ちからは想像できないような棘のある言葉が彼の口からつらつらと放たれる。毒きのこ?私が食べようとしていたあのきのこには毒があったの?慌てて起き上がり傍らに置かれていたリュックから本を取り出す。そして先程食べようとしていたきのこのページを捲ると、私が発言するのを遮るかのように彼の指がきのこの写真の載ったところをトンと叩いた。
 
「確かにこのきのこには毒はないよ。だけど君が食べようとしていたきのこは…」
 
 すると男の子はまるでこの本を読んだ事があるかのようにページをパラパラと捲っていく。数ページ捲ったところで先程のきのこと酷似したきのこの写真の載ったページをトントンと指で叩いた。
 
「こっちの方。ほら見て。猛毒って書いてあるでしょ。君はこのきのこを煮込んだ香りで意識を失った程度だからまだ良かったけど、もし生のまま齧ってでもしていたらこの世には居なかったかもね」
 
「そんな…」
 
 彼の言う事が本当ならば私は危うく死ぬところだった。ただでさえお腹が空いて死んでしまうかもと思っていたのに、腹を満たす為に食べようと思ったきのこを食べて死ぬところだったのか。深い溜め息を吐く彼の視線が痛い。情けなくて、居た堪れなくなってじわりと涙が滲んでくる。
 
「…ごめんなさい。軽率な事をして、あなたに迷惑を掛けて、私…」
 
 ガタンと何かが倒れる音がしたかと思えば、男の子が何故だか立ち上がっている。泣き顔のまま彼を見上げると、彼は顔を顰め、そして視線を泳がせている。
 
「…ちょっと待ってて」
 
 男の子が慌てて部屋から出て行った。ぴょこぴょこと跳ねるうさぎのような耳に、お尻についたもふもふの尻尾。彼は一体何者なのだろうか。そんな事を考えていると、何かを持った彼が小走りで戻ってきた。その手にはマグカップが握られている。ずいと差し出されたそれを手に取ると、ふわりとハーブの香りがした。
 
「…ハーブティーだよ」
 
「……ありがとう」
 
 ふーふーと息を吹いて冷まし、口をつける。良い香り、あたたかい。死んでいたかもという恐怖と、迷惑をかけてしまって申し訳ないという気持ちで冷え切っていた心が段々落ち着いていく。そんな私を見て何故だか落ち着かない様子だった彼もホッとしたかのように小さく溜め息を吐いた。チラリと彼の顔を見ると、彼はもう一度ベッドの脇に腰掛ける。
 
「…ちょっと言い過ぎたよ。ごめんね」
 
「そ、そんな!軽率だった私が悪いから…」
 
 少し眉を下げて謝る彼に、私はぶんぶんと首を横に振る。すると、彼はふっと気が抜けたみたいに笑った。整った顔をしているなと思ってはいたけど、微笑んだ顔は思わず赤くなってしまいそうなくらい可愛らしく、綺麗だ。
 
「それにしても…」
 
 私のきのこ全集を手に取ると、彼は難しそうな顔をして本を睨み付けた。何かを考えているのか彼が押し黙る。
 それにしても大変な目に合った。というかここはどこなのだろうか。彼は何者なのだろう。ここからスメールシティは近いのかな?そんな事をぼんやり考えていると、彼が「決めた!」と指を鳴らしてにやりと笑った。さっきとは違って何かを含んでいるかのような笑い方になんだか嫌な予感がする。
 
「今後君が毒きのこを口にしてまた同じ目に合わないという保証がない。だから君には、このきのこ全集を全て暗記するまでガンダルヴァ村から出ないでほしい」
 
「………え!?全部暗記!?」
 
「そう。最近毒きのこを食べて倒れる旅行者が後を立たないんだ。だから君には僕の考えたこの案を実行する第一人者になって欲しい」
 
 戸惑う私に当然のようにきのこ全集を渡すと、彼は「看板を立てようかと思ったんだけどキリがなくて…」と愚痴を溢し始めた。そんなに先を急いでいないとはいえ、この本を全て暗記するまでこの村を出られないって、私はいつになったらスメールシティに辿り着けるの?でも、彼には助けて貰った恩があるし…なかなか首を縦に振れず、様々な事を考えていたが、私が自分の案を拒否する権利がない事を分かってこの事を提案したのだろう。彼は満足そうに笑うと、右手を差し出した。
 
「僕はティナリ。それまでよろしくね」
 
 差し出された右手を遠慮がちに握る。
 きのこ全集を丸暗記する頃には、可愛らしい耳と、尻尾。そして彼の色んな事を沢山知る事ができているだろうか。
 
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