雷鳴には慣れたものだろう。けれど、何度も寝返りを打つ彼を横目で見てどうか雷鳴だけでも収まってはくれないだろうかと願うばかりだ。
轟々と唸る風に横殴りの雨が家屋を叩きつけている。「嵐が来るでござる」と呟いた万葉の顔は曇っていて、そういえば以前嵐の夜は眠れなくて滅法困ると愚痴を溢していた事を思い出した。万葉は人より耳が良い。耳が良いといっても人よりもよく聞こえるだとかそういう次元の話ではなく、風や木、花々などそういった自然の声が聞こえるという特殊な能力を持っている。そんな彼には風が唸り激しい音を立て雨が降る嵐の夜はさぞかし苦痛だろう。いつもは寝息を立てているのかさえ不安になる程静かに眠っているというのに、ソワソワと落ち着かない様子で寝返りを打っている。隣の布団に寝転ぶ万葉の着物の裾を引っ張ると、万葉はゆっくりとこちらを向いた。
「……起きていたであろう?拙者のせいでござるな。すまぬ」
「…大丈夫」
私の息遣いや心音で、起きている事は分かっているだろうとは思ってはいたがやはりバレていたみたいだ。申し訳なさそうに眉を下げる万葉の頬に触れると、万葉は瞳を閉じて私の手に自分の手を重ねた。
「お主に触れていると、落ち着くでござる」
万葉はそっと目を閉じるが、風が唸り家屋がガタガタと音を立てると不快そうに眉を寄せた。嵐が収まる気配も無ければ、夜はまだ明けない。眠れぬ夜とは不安なものだ。まるでこの世にひとりぼっちになったかのようなそんな心細さを感じてしまう。意を決して自分の布団から這い出て、万葉の布団を捲ると万葉は驚いたかのように目を大きく開いた。
「…何を?」
「一緒に寝よう?」
私はあまり積極的な方ではない。なのでこのように不慣れな事をするとすぐに顔に熱が集まってしまう。夜の闇でこの赤い顔も誤魔化せているだろうと思い万葉の顔をジッと見て返事を待っていると、万葉は目を数度瞬かせてから嬉しそうにその目を細めた。
「…こちらの台詞でござる」
万葉は布団を捲ると、手を広げて私を迎え入れた。鼻先が触れ合う距離にある万葉の顔に鼓動が早まるが、外で大きな音がする度に体が小さく跳ねる彼に照れよりもどうにかしてあげたいという気持ちの方が大きくなっていく。そっと手を伸ばして万葉の頭をゆっくり撫でると、万葉は気持ちよさそうに目を閉じた。そのまま手を下ろしていき万葉の耳朶をふにふにと掴むと、万葉は身を捩り小さく笑った。
「擽ったいでござる」
年相応の笑い方をする万葉に愛おしさが込み上げ、その顔に頬を寄せると、万葉も同じように私の顔へと頬を寄せた。至近距離にあるカエデ色の瞳は眠そうに目を閉じては開いてを繰り返している。あ、そうだ。と思い万葉の耳を自分の掌で蓋をすると、万葉は「おお」と声を上げた。
「これなら聞こえない?」
「…ああ。よく眠れそうでござる」
ふっと笑うと万葉は目を閉じた。ただ耳を手で塞いだだけで、どうこうできるわけではないって事くらい分かっている。なのに眠れそうだと言ってくれる万葉の優しいところが大好き。目を瞑った彼の顔をじっと見ていると、すうすうと寝息が聞こえ出した。
「…万葉?」
小さく名を呼んでみるが、返事はない。外はまだ騒がしいが、どうやら眠る事ができたみたいだ。健やかな寝顔に思わず笑みが溢れる。彼の白い頬に静かに口付けを落とした。おやすみ万葉。良い夢を。