プリズムキラー


 最近、視線が擽ったい。周りを見渡すと決まって楓色の瞳がこちらを見ているのだ。私と目が合うと彼は手をひらひらと振り満面の笑みを浮かべる。
 うーん…これではまるで…
 ふぅ、と小さく溜め息を吐くと「どうされた?」と耳元で声がして慌てて顔を上げた。そこにはさっきまで数メートル先にいた筈の万葉がいて、思わず「いつの間に」と呟くと万葉は照れ臭そうに笑った。

「お主の溜め息が聞こえた故、すっ飛んできたでござる」

 にこにこと万葉はまるで子犬のような愛らしい顔で笑う。
 数ヶ月前に南十字船団の乗組員として加わった楓原万葉に、私はどういうわけか懐かれている。何かあると私のところに飛んでくるし、食事の時は決まって隣に座ってくる。年も下で乗組員としても後輩である彼は正直可愛くて仕方ないし、年上の人に懐く傾向があるのかなと最初は思っていたが、他にも年上であり先輩である乗組員の女性なんて何人かいるのに、私以外にはそこまで懐いている素振りがないのだ。
 彼に懐かれている事は嬉しいしありがたい事だが、彼の私を見る時の目が妙に熱を帯びているような気がして、その度に私は心臓を高鳴らせている。その度に只の気の所為だろうと都合の良い考えを打ち消している。
 目の前でまるで飼い主に擦り寄る子犬のような顔をした万葉は、私と目が合うと少し顔を赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。うう、気の所為気の所為…



「あれっ…」

 買い出し当番である私は船を港に停めた後、同じく当番であった数人と買い物に出かけてから船へと戻って来たのだが、紙袋が一つ足りない事に気が付いた。もしかして途中で立ち寄った茶屋に置いてきてしまったのだろうか。どうした?という声に事情を説明すると、ならそこへ戻ろうと同じく当番だった者達が言ってくれたが、自分のミスなのでと丁重に断った。まだ日も明るいし、道も分かる。船から出ようとした時、他の船員の「この辺りは宝盗団が多いから注意するように」という声が聞こえた。ベルトに隠した護身用のナイフを撫でて、私は船を出た。



 買った物の入った紙袋は、やはり立ち寄った茶屋に忘れていたらしく、それを片手に船までの道を急ぐ。日も傾きかけてきたしここは山道だ。もし道を間違えでもしたら遭難してしまう。下りの道を転ばないように慎重に走っていると、ガチャンという音がしたと同時に足に激痛が走った。

「痛っ」

 思わずその場に転んでしまう。その衝撃で膝や手に擦り傷が出来たが、それよりも足に走る激痛に立ち上がれそうにない。よく見ると、私の足には小動物を捕らえる為の罠のようなものが食い込んでおり、食い込んだ箇所からは血がダラダラと流れている。罠を足から引き剥がそうとするが、剥がそうとすればする程力が掛かる仕組みになっているようだ。助けを求めようと立ちあがろうにも激痛のあまり動けない。けれど、私が来た道を引き返した事は他の船員も知っている。私が戻らなければ誰かが様子を見に来てくれるだろう。そんな事を考えながら近くにあった大樹の側へと少しずつ移動していると、周囲に複数の人の気配がして辺りを見渡した。
 鋭い目つきに、土埃の付いた衣服。手には凶器のような物を持っている男達は蹲る私を見ると、楽しそうに笑い出す。「女が罠にかかった!」「こりゃあ良い!」と下品な言葉を並べ立てる男達に「宝盗団が多いから注意するように」という船員の言葉を思い出す。最悪だ。ただでさえこんな人数相手に出来るわけないというのに、怪我をしているから逃げる事もできない。
 伸びてくる男の手を振り払おうとした瞬間、周囲に風が立ち込める。舞う砂埃に思わず目をぎゅっと閉じると、聞き覚えのある声がした。

「拙者の大切な人に怪我を負わせたのは、貴様達か?」

 薄目を開けると、そこには刀を手にした万葉が立っていた。いつもの子犬のような顔をした彼とは違って、まるで獲物を見つけた狼のように鋭い目を光らせている。万葉は刀を構えると、目にも留まらぬ速さで宝盗団を切り倒していく。さっきまで声を上げて笑っていた宝盗団だったが、万葉の動きを見るや否や叫び声を上げながら山の中へと消えて行った。宝盗団の姿が見えなくなると、万葉はゆっくり息を吐いて刀を鞘へと納めた。万葉の戦闘能力の高さは他の船員から聞いた事はあったが、まさかここまでとは思わなかった。口を開けてぽかんとしていると、刀を納めた万葉が慌てて駆け寄ってきた。

「…っ、怪我をしている!」

「あ、これは宝盗団に合う前にそこで罠に掛かっちゃって…」

 私の話を聞いているのか聞いていないのか分からないが、万葉は動揺した様子でまだ私の足に引っ付いている罠に手を掛ける。万葉が剥がそうとすればする程罠に圧が掛かり私の足に食い込もうとする。だが、次の瞬間バキッという大きな音がしたかと思えば、罠は私の足から剥がれていた。すごい。これはきっと専用の工具などで外さなければどうにもできないようなものなのに。眉間に皺を寄せた万葉は血が出ている私の足に布を巻くと、私の前にしゃがみ込みくるりと背中を見せた。

「船まで運ぼう」

「い、良いよ!重いし!」

「拙者は華奢かも知れぬが、お主くらい担ぐ事は容易い。さぁ」

 おずおずと万葉の背中に身を預けると、万葉はなんてことのない様子でヒョイと立ち上がった。華奢だと自分で言っていたけれど、背中や腕は服越しでも分かるくらい鍛え抜かれている。そうじゃなきゃ私の事なんて軽々と持ち上げれないし、さっきの罠だって外す事などできないだろう。

「…万葉は何でここに?」

「お主が忘れ物を取りに行ったと聞いて、何かあってはならぬと迎えに来たのでござる。本当に、来て良かった」

 万葉が大きく息を吐く。そうか、心配してくれたのか。嬉しくなって万葉の背中にそっと寄り添うと、万葉の体が小さく跳ねたような気がした。

「ありがとう、万葉」

「………お主を守る事など、拙者にとっては当然の事」

 その言葉に心臓が大きく跳ねる。どういう意味?だなんて聞き返せるほど肝は座ってない。そういえば戦っている最中も拙者の大切な人に…と言っていたような気がする。今までの心当たりのありすぎる数々の出来事が蘇ってくる。この鼓動の速さが万葉に伝わってないと良いけど。すると、万葉は足を止めて顔をこちらに向けた。

「…惚れ直したでござるか?」

 いつもとは違う鋭い瞳に射抜かれる。恐らく私の考えている事は万葉に見抜かれている。そして、私の気持ちも。
万葉の両肩に置いていた手を万葉の首に絡ませると、不敵な笑みを浮かべていた万葉の顔がいつもの子犬のような顔へと変化していく。それと同時に赤くなった顔を隠すかのように万葉が慌てて前を向いた。

「惚れ直したよ」

 赤くなった耳に唇を寄せてそう言うと、万葉が嬉しそうに笑った気がした。
 船に戻ったらもう一度正面から顔を見て言ってあげよう。そうしたら万葉は真っ赤な顔をして喜んでくれるかな。
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