貴方と一緒に見るからでしょう

 楓原万葉が好きだ。その事に気付いたのは万葉が乗組員として加わって直ぐの事で、今思うと一目惚れだったのかもしれない。船上にいるとは思えない真っ白な肌に、優しげな目元。紅葉を思わせる楓色の瞳はいつまでも見ていられるくらい綺麗だ。いつも一つに束ねている髪を解いたところを見てみたいなど、そんな事を考えていると顔が熱くなってくる。
 いつものように見張り台でぼんやりと空を見上げる彼を、私もまたいつものように盗み見ていると、見張り台の下から女性船員が万葉に何か声を掛けている。何を話しているのかは聞こえないが、楽しそうに話す二人に心に影が落ちる。万葉は男女問わず人気者で、女性ならば私のように恋心を抱いている人は少なくはないだろう。まだ会話を続けている二人を横目に大きな溜息を吐くと、突然背中を思いっきり叩かれて体が大きく跳ねる。

「痛いっ!」

「何辛気臭い顔してるんだ?」

 振り返るとそこには北斗船長が立っていた。勿論私の背中を思い切り叩いたのも北斗船長で、背中をさすりながら船長の事を睨むと「おお、怖」と言って船長は両手を上げた。

「…船長には私の気持ちなんて分かりませんー…」

「失礼だな!お前の気持ちってどういう気持ちだよ?」

「恋する乙女の気持ちです…」

 ほんとお前って失礼な奴だな!と大きな声で言っていた船長だったが、他の船員に呼ばれるともう一度私の背中を叩いてからそちらに行ってしまった。船長は女性とは思えないくらい馬鹿力だ。それもそうだ。あんな大きな剣を振り回せるくらいなんだもん。叩かれて痛む背中をもう一度さすっていると、ふと、どこからか視線を感じた。見張り台の方を見ると、目を丸くした万葉とバッチリ目が合って、一気に顔が熱くなる。な、なんで万葉こっちを見てるんだろう。目を逸らす事ができず数度瞬きを繰り返していると、万葉は何事も無かったかのように私から目を逸らした。いつもの彼なら目が合えばにこりと微笑んでくれるのに。ショックで指先が冷たくなる。もしかして、嫌われた?心当たりなどないけれど恋する乙女とは直ぐに好きな人に嫌われたかも!?と思ってしまうものだ。こんな事船長に言ってみたものなら「分からないねぇ!」と呆れられるかな。



 万葉の他に稲妻出身の乗組員は何人かいる。その中の一人に借りた稲妻の本を読む。『月が綺麗ですね』の訳は『あなたの事が好きです』という意味らしい。稲妻出身ではない私からするとよく分からないけれど、何だか素敵な表現だ。本なんて滅多に読まないけど、昼間に万葉に目を逸らされた事がショックで柄にもなく読書に耽っている。この船は夕飯時には毎日宴会のような大騒ぎで、いつもなら終わり頃まで顔を出しているが、今日はそんな気分にもなれそうにないので食事を済ませたら早々に自室へと抜け出してきた。あまりわいわいと騒ぐのは好きではないが、その時に万葉と席が近くなるとグラスを合わせて乾杯できたり、お話したりすることができるからだ。はぁ、そう思うと私って万葉がこの船に来てからというもの万葉の事ばかり考えているなぁ。読んでいた本を閉じて部屋を出る。ちょっと外の空気でも吸ってこよう。
 まだまだ宴会中なのもあって、甲板には誰の姿も見当たらない。私の足音だけが響く船内はなんだかいつもの船内とは違うみたいだ。ふと、万葉が座っている見張り台に登ってみようかなと、見張り台へ手を掛けると人の気配がしたので振り向いた。

「か、万葉!」

 そこには見張り台へ登ろうとしている私を不思議そうに見ている万葉がいて、なんだか恥ずかしくなって何事もなかったかのように手を離した。

「…登らないのでござるか?」

「え、あっ。万葉が登るかなと思って。いつもここにいるでしょ?」

 しまった!と心の中で叫ぶがもう遅い。これじゃ私がいつも万葉を見ている事がバレてしまう。万葉はキョトンとした顔をすると、ふわりと笑った。

「なら、共に登るか?」

 え?一緒に?そう聞こうとしたが、目の前にいた万葉が何処にもいない。辺りを見渡すと、頭上から笑い声が聞こえて慌てて顔を上げた。するといつの間に登ったのか、万葉は見張り台に腰掛け私を見下ろしていた。さすが身体能力が優れている万葉だ。そんなところも好きだなぁと胸をときめかせていると、万葉が私に手を差し出した。

「え?」

「共に登ろうと言ったではないか。さぁ」

 伸ばされた手をおずおずと掴むと、万葉が強い力で私を引き上げる。華奢な腕からは想像もできない力強さに驚いていると、あっという間に見張り台へと登る事ができた。肩と肩が触れそうなくらい近い距離に心臓が馬鹿みたいに大きな音を鳴らしている。万葉に聞こえたらどうしよう。隣に座る万葉の顔をそっと盗み見ると、動揺して顔を赤くしている私とは違っていつも通りの穏やかな顔をしている。そんな万葉の表情にガクリと肩が落ちるような気がした。そりゃそうだよね。万葉は誰にでも優しい。これが私じゃなくったって、手を引いて隣に座らせていることだろう。一人でドキドキして馬鹿みたいだなぁ。

「……今宵は」

 小さく呟かれた万葉の声に耳を傾ける。万葉を見ると、頭上にポツンと浮かぶ月をジッと眺めていた。

「月が、綺麗でござるな」

 『月が綺麗ですね』ふと先程読んだ本の内容を思い出す。稲妻では『あなたの事が好きです』と訳されるその一文に言葉を失っていると、万葉が首を傾げて私を見た。まさか、ね。ただの偶然か。たしかに今宵の月は綺麗だし、目に入ったから言っただけだろう。そうだねと相槌を打つと、万葉は何やら言いにくそうに言葉を紡いだ。

「………姉君と話しているのを聞いたのだが、お主が恋をしているというのは誠か?」

 突然墓穴を掘られたかのような質問に体が小さく跳ねる。そういえば万葉は耳が良い。昼に船長と話していた内容を聞かれていたんだ。はい、あなたに恋しています。と答える事ができたらどんなに良い事か。けれど生憎そのような積極性や勇気などは持ち合わせていない。だけど否定するのも何か違う気がして小さく頷くと、万葉は「そうか」とだけ言って黙り込んでしまった。沈黙の中、波が小さくぶつかり合う音だけが響く。何で万葉はこんな事を聞いてきたのだろう。そういう万葉は恋してるのかな。聞いてみようかな。そう思い口を開こうと万葉の顔を見ると、眉を寄せ鋭い目をした万葉と目が合った。

「…………それは、この船に乗っている者か?」

 切羽詰まった顔をした万葉が食い入るように私の目を見つめる。あれ?これじゃまるで…ふとよぎった都合の良い考えを必死に打ち消すが、徐々に染まる万葉の顔を見てそれは確信へと変わっていく。

「…この船に乗ってて、稲妻出身なの」

 私の言葉に万葉の目が大きく開かれる。赤い顔を隠そうともせずに、万葉は目を泳がせた。こんな彼を見て気付かない程私も鈍感ではない。えいっと言って見張り台の上から飛び降りると、動揺する万葉の声が聞こえた。走って自室まで行き、先程読んでいた本を持つ。慌てて見張り台まで戻ると、見張り台の上で立ち尽くす万葉に見えるように本を掲げる。

「万葉、私も月、綺麗だと思うよ」

 呆然とし、目を丸くしていた万葉の顔が一気に赤く染まる。そんな彼を見て思わず笑みが溢れる。なんだ、私だけじゃなかったんだ。

「……知っていたのか」

 恥ずかしそうに顔を押さえた万葉が何かを言った気がするが、心臓の音がうるさすぎてよく聞こえない。そこから降りてきたらもう一度、分かりやすいように伝えてね。
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