「…もしかして、風邪引いた?」
タルタリヤは空いている方の手を私に差し出すと首をぶんぶんと横に振った。ポケットからティッシュを取り出し数枚手の上に乗せてやると、彼は背を向けて鼻をかんだ。
「…ふぅ、ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。で、風邪引いてるよね?」
「引いてない」
すん、と鼻を鳴らしたタルタリヤは、私の方を見ようとしない。彼の前に立ち、精一杯背伸びをして彼の頬を両手で掴むと、少し赤い顔をしたタルタリヤが目を見開く。ほら、やっぱり顔が熱い。掴んだ頬を横に伸ばしてやると、タルタリヤは「いひゃいいひゃい」と言って笑った。
「熱があるじゃない。早く帰って休もう」
「ヤダ」
「…なんで?」
「今から手合わせをする約束だろう?」
まったくこんな時でも手合わせをしようとするのかとわざと目の前で溜め息を吐いてやると、タルタリヤは口を尖らせてまるで仕返しをするかのように私の頬を摘んで引っ張った。
「君と手合わせをするのを俺はずーっと楽しみにしてたんだよ?あの人としたくもない会議を頑張って終わらせたのだってこの日の為なんだから」
あの人というのは淑女、シニョーラ様の事だろう。もし誰かに聞かれていたらどうするんだと唇の前で人差し指を立てると、タルタリヤは「平気だよ」と言って肩をすくめた。
今にも武器を取り出しそうな勢いのタルタリヤの腕を引くと、タルタリヤは「えー」と言いつつ私の後を渋々着いてくる。彼の事なら多少の体調不良なら私の心配など押し切ってさぁ手合わせをしようと息巻くだろうけれど、文句を言いつつも後を着いて来るという事はやはり体がしんどいのだろう。腕を掴む私の手を解くと、タルタリヤの指が私の手に絡み付く。繋がれた手とタルタリヤの顔を交互に見ると、タルタリヤはどうかした?とでも言いたげに首を捻った。当然のように繋がれた手を遠慮がちに引き、私は彼の家までの道を急いだ。
「はい、とりあえず寝て」
熱が上がってきたのかぼんやりとしているタルタリヤの頭から仮面を外し、上着を脱がせる。ベッドに潜るよう促すと首を縦に振ったタルタリヤは珍しく無言でベッドの中へと潜った。相当しんどいんだろうな。仰向けに寝転がり目を閉じた彼の額にそっと手で触れると、やはりさっきよりもうんと熱くなっている。氷枕でも持ってくるかとその場を離れようとしたが、袖を引かれバランスを崩し倒れそうになる。
「どうしたの?」
「…ちゃんと測って」
「……測る?」
熱なら測らなくても、額に触れただけでとても高いという事くらい分かっている。もう一度タルタリヤの額に触れて見せるが、タルタリヤは何故だか不満気に「ん」と言いながら私の額を指差している。もしかして…と思いタルタリヤの額にそっと顔を近付ける。自分の額をタルタリヤの額に合わせると、至近距離で熱を帯びた青い瞳と目が合う。少し潤んだ虚ろな瞳に胸がドクリと高鳴る。慌てて額を離すと、タルタリヤは満足そうに微笑んでから目を閉じた。
「君も熱があるのかい?真っ赤だよ」
減らず口とはまさにこの事。彼の額を指で弾くと、タルタリヤは「痛いよ」と言って小さく笑った。気を取り直して氷を取りに行こうと立ち上がると、またしても袖を引かれる。次は何?とタルタリヤの顔を見ると、タルタリヤは見た事もないくらい弱々しいまるで母親に甘える男の子のような顔で私を見ていた。
「…側にいて」
先程よりも赤い顔をしているのは熱のせいなのだろうか?それとも…と考えたところで腕を強い力で引っ張られる。タルタリヤの寝るベッドの脇に座ると、タルタリヤは掴んだままの私の手を自分の頭へと誘った。掌がタルタリヤのふわふわの髪の毛に触れる。撫でろ、という事だろうか。髪を掻き分けるかのようにタルタリヤの頭を数度撫でると、いつの間にかタルタリヤは寝息を立てていた。
家族思いで、みんなのお兄ちゃんで、ファデュイでもそこそこの地位のある彼が弱って甘える姿などを見れるのは私だけじゃないだろうか。
そんな事を考え優越感に浸る私の方が、余程熱に浮かされている。