満たされる言の葉に


 琥珀を溶かしたような瞳には何が映っているのだろう。まるで宝石の様な瞳を持つその人は、宝石なんかよりもうんと価値のある尊いお方で、そんな彼の隣にこうして腰掛けられている事がまるで夢のようだと常々思っている。
 ただの人間である私は幼い頃、崖から落ちそうになったところを彼に助けられた。泣きじゃくる私に「俺は岩王帝君なんだぞ」と言われた時、幼いながらに何を言っているんだろうこの人はと思ったのを今でも覚えている。なんて子供の扱いが下手な神様なのだろうと、思い出しただけでも笑えてくる。
 助けられたあの日から月に一度彼と会う約束をして、食事をしたり、散歩をしたり、今のように璃月に聳え立つ山々を眺めたりしている。
 神を自称したのは泣きじゃくる私を慰める為の冗談かと思っていたが、背が伸び少しは女らしくなった私とは違い、彼の姿はあの頃と何一つとして変わらない。相変わらず美しく、歳を取らない彼の姿は凡人ならば有り得ない事で、彼が自称神だというのも頷ける。
 チラリと横目で風景を眺める彼の顔を盗み見る。細められた目元を彩る紅はとても扇情的で、長く見ているとこちらの顔まで同じ色に染まってしまいそうだ。璃月の風景を満足そうに口角を少し上げて眺める彼は、一体何を思っているのだろう。何を考え、何を思い、長い何月を生きてきたのだろう。この世に生まれ落ち何十年の私からは到底想像も付かない事を体験してきた彼からすると、私の存在なんでちっぽけで、彼の一生のうち私と過ごす時間なんて一瞬に満たないような気がして思わず下唇を噛んだ。
 ふっ、と笑う声がして、隣に腰掛ける彼の顔を見ると、彼は何故だか私の顔を見て可笑しそうに笑っていた。

「…そんな事はない」

 彼の口から放たれた言葉の意味を理解して、顔が一気に熱くなる。

「………鍾離先生、私の考えを読みましたね?」

「お前が可笑しな顔をしているものだから、つい、な」

「…これだから神様は」

「元、神だ。今はただの凡人、鍾離だ」

 ああ、そうだった。彼はつい最近神を辞めたのだ。神を辞め、これからは凡人として生活をすると聞いた時、実は飛び上がる程嬉しかった。凡人となったら私の事を愛してはくれないだろうか、などと都合の良い妄想をしては、彼に会う度にいつもと変わらぬ態度に肩を落としている。それに、凡人になったからといって彼の全てが手に入るわけでもない。私が生まれる何千年も前の彼を知る術はないし、その時に彼が何を思い、どうしたのか、その時に側に大切な人はいたのかなどと考えても仕方のない事を考えては切なくなる。彼の過去をどうにかできるなど思ってはいないが、幼い頃から私を知る彼とは違い、私は昔の彼を何も知らない。これではあまりに不平等ではないか。好きな人の全てを自分のものにしたいと、誰だって思うだろう。けれど相手が悪かった。何せ元神様なのだから。
 小さく息を吐くと、またしても鍾離先生がくつくつと笑った。ジロリと睨み付けると、鍾離先生は「すまん、すまん」と言って観念したかのように両手を挙げた。

「……重い女は、お嫌いでしょう」

 熱くなる顔を隠す様に下を向く。これではまるで、告白ではないか。膝の上でぎゅっと両手を握り締めると、その上に私よりも一回り大きな手が重ねられる。ハッとして顔を上げると、目尻を下げた鍾離先生の瞳と目が合った。

「生憎、俺は凡人になってから日が浅い。お前の言う重いというのがどういうものなのか分からないが、お前が俺へと向ける感情は全て心地良いし、愛おしく思っている」

 その言葉に鼻の奥がツンとする。眉間に皺を寄せた私を見ると、鍾離先生は私の眉間を長い指で撫で、まるで、泣かないでくれとでも言うかのように微笑んだ。

「………そんな言葉、どこで覚えてきたんですか」

「…さあな、だがお前のそんな顔を見る事ができたんだ。覚えておいて良かった」

 鍾離先生は不敵に笑ったが、私の手に重なった鍾離先生の手は異様に熱くて、元神様であろうとこういう時に体が熱くなるんだなと嬉しくなる。
 共にある事はできなかったけれど、貴方が経験した幾つもの事を、どうか私に聞かせてはくれないだろうか。きっと彼は「ああ」と言って目を細め、その美しい顔で笑いかけてくれるだろう。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -