全部呑み込んであげる


 子供はもう寝る時間だ。そんな時間になってもエンジェルズシェアの扉は開閉を繰り返している。日差しが強く茹だるような暑さのこの季節はどうやら人の動きを活発にさせるらしく、いつもは常連の顔しか見ないこの時間でも満席近くになっている。滅多に顔を出さないアカツキワイナリーのオーナーであるディルックでさえも今日は手伝いに来ており、忙しそうに店内を走り回っている。

 いつものバーカウンターの隅に腰掛け、隣でガブガブ酒を飲む同僚の顔をジッと見ると、私の視線に気付いたガイアがへらりと笑った。

「何だ?俺の顔に見惚れてたのか?」

「…別に」

 相当酔っ払っているのかガイアはさっきからこんな調子だ。平常時はいつもヘラヘラしている男だけれど隙を見せない一面があるというのに、今はただヘラヘラしているだけの隙だらけの男になってしまっている。お酒の力って怖いなと思いながら蒲公英酒を一口飲むと、 私の手から蒲公英酒の入ったグラスをガイアが奪い取った。

「もーらい」

「ちょっと…」

 蒲公英酒を飲み干すと、ガイアが悪戯っ子の様に笑った。ならばと思い、いつもガイアが飲んでいる午後の死が入ってるであろうグラスに手を伸ばすが、すごい勢いでガイアが奪い取るものだから仕返しは敵わなかった。

 宙ぶらりんになった私の手を素早くガイアが掴み、私の指に自分の指を絡ませる。急に触れられたことに動揺しガイアの顔を見ると、ガイアはさっきまで浮かべていた子供のような無邪気な笑顔とは真逆の妖艶な笑みで私を見つめていた。恥ずかしくなり手を解こうとするが、それを易々と許すような男ではない。所謂恋人繋ぎのような状態の手を恥ずかし気もなくカウンターの上に放り出すと、ガイアは手を繋いだまま自分の親指を私の親指の腹に擦り付ける。なんだか厭らしいその行動に顔が一気に熱くなる。

 ふわりとガイアの香りがしたかと思えば、気付けば肩が触れるくらい近い距離にガイアの体があり、驚いて体を反らしかけたが、ガイアの手が私の腰をグッと引き寄せるものだからさっきよりも一層体が密着する。

「…ちょ、ちょっと!」

 私達のことなど誰も見ていないだろう。けれど、こんな人目につくところでこの距離はあまりにも恥ずかしい。ガイアをキッと睨んでみるが、逆効果だったらしくガイアはますます口の端を吊り上げた。

「なぁ」

 耳元にガイアの顔が近付く。さっきよりもうんと低い声で囁かれ、体の芯が痺れるような感覚に陥る。

「このままキス、しちまうか?」

 そう囁かれ顔中に熱が集まる。慌てて手を解き密着した体を離すと、ガイアは頬杖を付いて声を上げて笑った。

「なんてな」

「………ほんと、飲み過ぎ!」

 ガイアの頬を手でつねってみるが、ヘラヘラ笑うだけでこれまた逆効果だったみたいだ。今までも彼と共に酒を飲んだ事はあるけれど今回はまた特殊な酔っ払い方だな。

 ふと時計を見ると結構遅い時間になっており、私はともかくこんな酔い方をしているガイアをこれ以上飲ませてしまったら明日の騎士団の業務に影響が出てしまいそうだ。

「ガイア、もう帰ろう」

「ヤダ」

「ヤダじゃない」

「良いけど、ならお前の家に帰る」

 頬杖を付いたまま得意げに笑うと、ガイアは熱を帯びたような目で私をジッと見た。う、なんてタチの悪い酔っ払いだ。しかもこの感じだと意地でも自分の家に帰る気は無さそうだ。このままガイアと一緒に自分の家に帰ればどうなるかなんて分からないほど私も子供じゃない。試すようなガイアの視線に何も言えずに視線を泳がせていると、背後に気配を感じて振り返る。するとそこには大繁盛の店内を駆け回っていたディルックが空のグラスを持ったままガイアの顔をジッと見ていた。

「飲み過ぎじゃないのか」

 ガイアの顔をジッと見ると、ディルックはフッと笑った。珍しい。ガイアがディルックに話しかける事はあっても、ディルックからガイアに話しかける事なんて滅多にないのに。突然ディルックに話しかけられたからなのか、ガイアはバツが悪そうに顔を逸らした。そんなガイアを見て、ディルックは益々面白そうに口の端を吊り上げる。

「あまり飲み過ぎないように。…ノンアルコールのガイアさん」

 え?ノンアルコール?問い返そうと思ったが、空のグラスを持ったままディルックは店内へと消えて行った。ノンアルコールってどういうこと?ガイアはお酒を飲んでいなかったって事なの?そう言えばこんなにも近くにいるのにガイアからはお酒の匂いが全然しないような気がする。ゆっくりと振り向くと、ガイアは見た事がないくらい顔を赤く染めて、それを隠すかのように片手で顔を覆っていた。

「………勘弁してくれよ、旦那」

 小さく呟かれた声に思わず笑みが漏れる。聞いてなかった事にして、今日は特別に可愛い酔っ払いを連れて帰ってあげるね。
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