神様どうか


 ガイアが出勤してないという話を小耳に挟んだ。
 
 最近、騎士団内はバタバタしている。なぜかというと、あのディルック・ラグヴィンドが退団したからだ。最年少で騎兵隊隊長に任命され、人望も厚く、能力に長けた男が一体何故なのかと思うが、先日、彼の父親が亡くなった。不慮の事故だと聞いたが、きっとその事が原因なのだろう。実の父を亡くし、アカツキワイナリーの家業を継いだりなどするのだろうか。彼との親交はあまりないからよく分からないけれど、そんな事を考えては若いのに大変だなと自分と然程年が変わらない彼に同情をした。
 ディルックとは親交はないが、ディルックの義理の弟であるガイアとはそれなりに仲が良く、仕事終わりに食事に行ったり、色んな相談に乗ってもらったりなどと割と気心の知れた仲だった。義理とはいえ父親が亡くなったのはガイアもショックだろう。それらの事情から休暇を貰っているのかと思っていたが、ここ最近毎日のように?ガイアが無断欠勤をしている?や、?ガイアの姿を何日も見ていない?という声をよく聞く。寮にある彼の部屋の電気は夜警の時に確認しても、もうずっと点いていない。騎士団本部は勿論、街にも姿を表していないようだ。一体どこにいってしまったんだろう。脳裏にあのへらへらと笑うガイアの顔が浮かぶ。いつも飄々としているガイアが憔悴して、良からぬ事でも考えていたらどうしよう。それとももう…
 考え出したらそちらの方へと思考が引っ張られる。チラリと時計を見るともう退勤の時間だ。よし、決めた。仕事が終わったらガイアを探しに行こう。
 
 ◇
 
「いない…」
 
 街を隅々まで探し、聞き込みもしたが、ガイアはやはりどこにも居なかった。太陽はとっくに落ちて、空には星が顔を出している。
 一体、どこに行ってしまったんだろう。けど、もし彼を見つけたからといって何と声を掛ければ良いのだろう。私になんて計り知れない程の悲しみを抱えているかもしれない。いや、きっとそうだ。でも、だからと言って独りにさせておくわけにもいかない。もしかしたら双子のように仲が良かったディルックと共に時間を過ごしているかもしれないし。もしそうならそれはそれで良いじゃないか。ガイアがまたあのへらへらとした笑顔を浮かべて「よお!」とひょっこり騎士団本部に顔を出してくれたらそれで良い。
 
「……あれ」
 
 そんな事を考えながらぼんやり歩いていたら、いつの間にかアカツキワイナリーの近くまで来てしまっていた。もしかしたらここに居るのではないだろうかと屋敷の前まで足を運ぶが、屋敷内の電気はひとつも点いておらず、街灯の明かりだけが煌々としていた。使用人が何人も居るんだとガイアは言っていた。旦那様が亡くなってバタバタしているから使用人に休暇を与えているのだろうか。やっぱりここにもガイアは居なかったかと、踵を返そうとした途端、頭上から「お?」という聞き覚えのある声が降ってきた。
 
「ナマエ?どうしてここに?」
 
「…っガイア!」
 
 玄関上のバルコニーを見上げると、真っ暗で分かりにくいが、人影がある。声を聞いた途端にそれがガイアの声であると分かり、私は必死に目を凝らすが、なかなか暗闇に目が慣れてこない。てっきり降りてきてくれるものだと思っていたのに、ガイアはそこを動く気配がない。そして、いつもなら「俺に会いに来てくれたのか?」などと冗談のひとつやふたつを言うと言うのに、ガイアは一度言葉を発したっきり、黙ったままだった。
 
「どこにも居ないから探しにきたの」
 
 やっと視界が暗闇に慣れてきた事により、見覚えのある輪郭を縁取っていく。けれど、ガイアの体には見慣れない白い包帯が幾つも巻かれていた。いつも眼帯をしている右目にも包帯が巻かれており、何かがあった事なんて詳しい事情を知らない私でさえも理解した。ガイアはそんな私の反応に気付いたのか、バツが悪そうに頭を掻くと、スッと真下を指差した。
 
「…鍵、開いてるぜ」
 
 それは入れという事だろうか。数度頷くと、私は屋敷の玄関の扉を開けた。
 室内はやはり真っ暗で、ガイア以外の人の気配は無い。使用人が居ない理由は何となく察しがつくが、何故ディルックまでも居ないのだろう。ディルックは騎士団を退団して寮からも出て行ったと聞く。カツンカツンと自分の足音だけが屋敷内に響き渡る。こんな広くて大きな屋敷に、ガイアは何日も独りでいたのだろうか。そう思うと心臓がぎゅっと掴まれたみたいに小さく痛んだ。
 この屋敷に足を踏み入れるのは初めてだ。だから間取りが分からない。なのにガイアは迎えに来てくれなかった。まるで試されているみたいで、ガイアが迷子の子供みたいで、早くガイアのところに行かなくちゃと気持ちが焦る。バルコニーの扉と思わしき扉をゆっくり開くと、風と共にふわりと葡萄の香りが鼻を擽った。
 バルコニーの手摺に手をかけて、葡萄畑を見ているのだろうか、ガイアは振り向かなかった。その隣に立って、私も葡萄畑を見やる。真っ暗な葡萄畑は太陽の下で見る時は違う顔を見せているようだった。
 手摺に置かれたガイアの手に巻かれた包帯からは少しだけ血が滲んでいた。何があったんだろうか。聞きたくても聞けなかった。だって、葡萄畑を見つめるガイアが、何だか泣いているような気がしたから。ちらりとガイアの横顔を見てみたけれど、ガイアは泣いていなかった。当たり前か、ガイアが人前で泣くわけがない。当たり前なのだけれど、でも…
 
「泣いても良いよ」
 
 気付いたらそんな事を口にしていた。無意識だったから、慌てて口元を押さえるがもう遅い。ガイアが左目を見開いて私を見ている。うう…「急にどうした?」と言って茶化されるに違いない。以前任務中に怪我をして悔しくてガイアの前でわんわん泣いてしまった時の事を掘り返されるかも…けれど、いくら待ってもガイアは何も言わなかった。
 
 踏み込みすぎただろうか。ふとそんな事を思う。ガイアは必要以上に自分の事を聞かれたり、話したりするのを嫌っていた。それを露骨に態度に出していたりはしなかったけれど、何となく察していた。やってしまったかなと小さな反省をしていると、手摺に置いた私の手に、何か冷たいものが触れた。それはガイアの手で、ガイアの手が私の手のすぐ横にぴたりと密着している。手を重ねるのでも、握るのでもなく、ただ隣に添えられたその手は甘える事を知らない子供ようで、何故だか私が泣きそうになる。
 
「…ガイア」
 
 ガイアの顔を見ると、ガイアは眉間に皺を寄せて、苦しそうな表情を浮かべていた。見た事がない彼の顔に視界がぼやける。すると、ぼやける視界の中、ガイアの顔がふっと綻んだ。
 
「……何でお前が泣くんだ」
 
 思わず、ガイアの手に自分の手を重ねた。冷たい、氷のような手。一体どれくらいの時間ここに居たんだろう。どれくらい独りで居たんだろう。ぎゅうぎゅうと締め付けられるみたいに心臓が痛い。ガイアの手を力いっぱい握ると、ガイアは呆れたみたいに笑った。
 
「…痛いだろ」
 
 その声は優しくて、悲しくて、どうか、どうか彼の背負うものが少しでも軽くなりますようにと、願わずには居られなかった。
 風が吹いて葡萄の香りが立ち込める。涙はまだ、止まりそうにない。
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