秘めたそれについて


 元素には相性というものがある。炎元素を操るアビスの魔術師三体に囲まれた炎元素の神の目を持つ私は、為す術が無く窮地に陥っていた。しかも横からヒルチャールが乱入してくるものだから、何時もなら片手で倒せるような相手だというのに奴等の持つ凶器で胸元や太腿をざっくり斬られてしまうし、本当に最悪。
 斬られたところからの出血と、繰り出される炎元素の攻撃を何度も受けた事により肌がヒリヒリと痛む。軽度の火傷のような症状だろうか。一時の元素の付着なら大した事のない症状だが、長時間にわたる戦闘で体が限界を超えている事は明らかだった。
 狭窄しかけた視界の中でアビスの魔術師が詠唱を始める。攻撃を避けなければと飛び退いた先に、ヒルチャールが弓を構えているのが見えた。しまったと思うがもう遅い。ヒルチャールが弓を放つ。その光景は何故だかゆっくり見えて、これを食らったら致命傷を負うのだろうとぼんやり思った。しかし、向かってくる弓矢の間に見覚えのある後ろ姿が見えた。それが見えたと同時にゆっくりと見えていた光景が本来の速度へと戻る。そこからは瞬きをする間もなかった。現れた派手な隊服に身を包んだ眼帯の男は自らの手から氷元素を発生させると、アビスの魔術師達を一網打尽にしていく。飄々とし自由を体現したかのような彼からは似つかわしくない騎士の鑑のような剣術は複数いたヒルチャールを制し、シールドを無くしてほぼ無力となったアビスの魔術師を斬り伏せていく。あんなにも手こずっていたのが嘘のように私達以外の敵は一瞬にして居なくなってしまった。ぽかんと突然現れた彼の姿を見ていると、彼、西風騎士団の同期であるガイア・アルベリヒは剣を仕舞うと珍しく切羽詰まった表情で私へと駆け寄った。

「おい、大丈夫か。…って大丈夫じゃないな」

「……え?…わっ!」

 ガイアはボロボロの私を見ると顔を顰め、そして私の体をひょいと持ち上げた。突然の事に驚き身を捩ると「大人しくしておけ」と珍しく真剣な眼差しの隻眼と目が合う。
怒って、いるのだろうか。アビスの魔術師とヒルチャール如きにここまで苦戦を強いられ、こんなにも怪我を負って、騎士として情けない。ガイアはほんの数秒で倒してしまったというのに私ときたら何だろうこのザマは。いつもは軽口ばかりを叩くガイアが黙っているのが負った傷よりもうんとしんどくて、鼻の奥がツンとした。顔を見られたくなくて俯くと、落ちた涙が傷口に沁みて痛かった。

 ガイアが私を抱え着いた所は騎士団本部ではなくガイアの自宅で、怪我をした時は騎士団本部か、教会のシスターでヒーラーであるバーバラに頼むものだ。何故?と首を傾げガイアを見ると、ガイアは深い溜め息を吐いた。

「今宵はアビスの連中がヒルチャールを引き連れてモンド城周辺でお祭り騒ぎしててな。騎士団はそれに駆り出されてる。ヒーラーも出払っててな。お前の傷は今から俺が治療するから………ちょっと我慢しろよ?」

 ガイアは何故か私を脱衣所へと下ろすと、バツが悪そうに私の服に手を掛ける。思わず「えっ!」と脱衣所に響くくらい大きな声を出すと、ガイアは気まずそうに小さく笑った。

「…仕方ないじゃないか。よりにもよってお前、こんなとこに傷を負ってるんだ。脱がさなきゃ治療なんて出来っこないだろ」

「そ、そっか…」

 それもそうだ。胸の少し上に、横向きのざっくりと大きな傷、そして太腿の付け根にも同じような大きな傷。服を脱がなければ治療が出来ないのは当然で、ヒーラーもいないし緊急事態なのは分かってはいるが相手は異性のガイアだ。どうしたって意識してしまうのは当然で、こんな事なら気でも失っておけば良かったと思うがもう遅い。
 私のシャツのボタンを一つずつ外していくガイアを下唇を噛みながら見る。ああ、恥ずかしい。仲の良い友達のように接していたガイアに裸を見られるなんて。シャツのボタンが全て外され上半身が露わになる。緊急事態だから仕方ない、緊急事態だから仕方ない…と頭の中で繰り返すが、どうしたって羞恥心で体が熱くなってしまう。そんな私とは裏腹に、ガイアは黙々と私の服を脱がしていく。スカートに手が掛けられ、ファスナーを下ろされる。はらりとスカートが落ち、下半身は下着一枚のみの姿となる。というか今私が身に付けているのは下半身の下着のみで、ほぼ全裸のような格好に、思わず胸元を手で隠すとガイアは両手を挙げ首を横に振った。

「あー…流石の俺も怪我人には手を出さないから安心しろ」

「そ、そうじゃなくて!は、恥ずかしいだけ…」

「…まあ、そりゃそうだよな」

 苦笑いを浮かべるガイアの顔がほんのり赤い気がするが、そんな事まで意識し出したら一向に治療が進みそうにない。気付かないフリをして、胸を隠していた手を解くと、ガイアは布で私の傷口をそっと拭いていく。決して浅いわけじゃない傷は布が当たる度に痛み、体が小さく跳ねる。

「…ぅう」

 あまりの痛みに涙が滲んでくる。痛みに耐えるべく両手をぎゅっと握ると、ガイアは空いている左手で私の手を包み込んだ。

「掌に爪立てるなよ。ほら、俺の手握ってろ」

 ガイアの手が硬く握られた私の手を解き、自分の手に絡ませる。けれど、人の手を傷付けるわけにはいかないとガイアの顔を見ると、ガイアは少し微笑んで私の手をぎゅうと握った。

「お前は俺と同じ騎士かもしれないが、女なんだ。綺麗な手を自分で傷付けるなよ。今日は大人しくこの騎士様に守られとけ」

 な?と言うとガイアはいつもの様にへらりと笑った。その笑顔に胸がぎゅっと握られたみたいに少し痛む。一度瞬きをするとまるで堰き止められていたかのように涙が一気にぼろぼろと頬の上を転がり出す。ぎょっとするとガイアは慌てて私の目元を指で拭った。

「どうした?痛むのか?それとも、嫌だったか?」

 ガイアは慌ててシャツを私に羽織らせようとする。恥ずかしいけど裸を見られて嫌というわけではないし、そこまで傷も痛むわけではない。ただ、助けて貰った挙句気遣って貰い、あまりの情けなさに胸が酷く痛むのだ。ガイアは私を同じ騎士だと言ってくれたが、例えばジン団長なら、エウルアなら私のような失態は犯さないだろう。私に服を着せようとするガイアに首を横に振ると、ガイアは眉を下げじっと私が口を開くのを待ってくれた。

「…嫌とかじゃ、ない。ガイアに迷惑かけて…申し訳なくて」

「……俺?」

 ガイアは目を丸くすると、少し考えるような仕草をしてから呆れたみたいに笑った。

「……なんだ、そんな事気にしてたのか」

「…だって…」

「俺だって氷のアビスの連中には手こずるぜ?それが三体同時ときたらお前と同じ目に合ってただろうな」

「……そうかな。ガイアは私と違って強いじゃない」

 私が会話に集中している間にガイアは手早く傷口を布で拭くと、腕を上げるよう促し私の胸を包帯でぐるぐると巻いていく。「強い弱いの問題じゃないだろ」と呟くガイアに首を傾げると、ガイアは私の頬に付いた涙の跡を親指の腹で撫でるように拭ってくれた。強い弱いの問題じゃないのなら何だというのだろう。意味が分からず眉を顰めると、ガイアは私の太腿にも包帯をぐるぐると巻いていく。

「お前は今日運が悪かっただけだ。でも、俺からしたらお前がこれくらいの傷を負っただけで済んで、俺が助けに入る事ができて良かったと思ってるぜ」

「…うん」

「だから俺が同じ目に合ったら今度はお前が助けてくれれば良い。俺達はそういう組織だろ?」

 うん、と言った私の声はガイアに届いただろうか。またしても私の目から溢れてきた涙を見て、ガイアは仕方ないなぁとでもいうかのように笑うと、私の後頭部に手を添え、自分の胸元へと誘う。ガイアの背中に腕を回してしがみつくと、まるで小さい子が泣いているみたいな嗚咽が脱衣所に響き渡る。情けないとか、恥ずかしいとか、ガイアの前では捨ててしまって良いんだ。そう思うと何だか心がふっと軽くなったような気がした。ガイアは私の頭をゆっくり撫でてから、ぎゅうぎゅうと抱きつく私の両肩をぽんぽんと軽く叩いた。

「……お前、今の自分の格好分かってるか?あんまり引っ付かけると俺も変な気を起こしそうになるんだが」

 そういえばそうだった、とガイアの言葉を聞いた瞬間にガイアの体から飛び退く。露わになっている胸元を両手で隠すと、ガイアは落ちていた私のシャツを拾い上げて私に渡そうとしたが、それを見て顔を顰めた。

「血だらけで着れやしないな」

 ガイアは脱衣所を出ると「こっちに来てくれ」と私に声を掛けた。胸を隠しながらガイアの後を追うと、ガイアは真っ白の新品のようなシャツを私に差し出した。

「俺のだからサイズは合わないだろうが、とりあえず着ておけ」

 差し出されたシャツに袖を通すが、思っていたよりもサイズが大きい。けれどこれなら下着が隠れるくらいの丈で丁度良いといえば丁度良い。ありがとう、とガイアを見ると、ガイアは何故か口元を押さえ私から目を逸らしている。何故?と思いガイアの顔を覗き込むと、ガイアが何かを小さく呟いた。

「……逆効果だったな」

「え?」

 私が聞き返すと、ガイアは私の頭にぽんぽんと手を置いて「何でもない」と言った。
 シャツを借りたは良いが、このままでは家に帰れない。傷は思ったよりも痛くないから動けない事はないがどうしたものかとまだ暗い窓の外をちらりと見ると、何故だか視界の端でガイアがベッドを整えているのが見えた。

「何してるの?」

「何ってお前泊まってくだろ?」

「……そうなの?」

「ピンピンしてるようだがその怪我なら立派な重症だぞ。大人しく泊まってけ」

 それもそうかとガイアが整えてくれたベッドの端にちょこんと座ると、少し驚いた顔をしてからガイアが私の隣に腰掛けた。何となく雰囲気の変わったガイアの指が私の頬へと伸びてくる。にやりと笑うとガイアは私の耳に口元を近付けた。

「……随分警戒心が無いようだな?」

「…怪我人には手を出さないんでしょ?」

 妖しく笑うガイアにそう言ってやると、ガイアはつまらなさそうに肩をすくめた。

「…そうだった」

「ガイアが言ったんだよ」

「……目の前のご馳走に夢中で自分が言った事なんて忘れちまってたのさ」

 それはどういう意味かと問おうとしたが、ガイアは後ろへと倒れ込みベッドに沈む。目を閉じるガイアの顔は疲れ切っていて、私を助けに来てくれる前にもきっと何戦もこなしてきたのだろう。
 今にも寝息を立てそうなガイアの顔に触れると、その指をガイアの手が掴む。ガイアは掴んだ私の手を微睡みかけている瞳でじっと見ると、その指にちゅっと音を立てて口付けた。

「えっ!?」

 思わず大きな声を出してしまったが、眠気には勝てないようで、ガイアの瞳がゆっくり下りていく。ぽそぽそと何かが聞こえ、慌てて彼の口元へと耳を近付ける。

「………お前が無事で、良かった」

 その言葉に涙が滲む。
 ガイアが助けてくれなければ私は今頃どうなっていただろう。寝息を立てる彼の頬へとそっと近づき、触れるだけの口付けを落とした。

「ありがとう、ガイア」

 今度は私がガイアを助けてあげるね。と明日目が覚めた彼に伝えよう。そしたらガイアは生意気だなと嬉しそうに笑ってくれるだろうか。
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