トゥインクルスノー


 ただでさえ白い息がうんと白くなる。それもそのはず。だってここはドラゴンスパインの麓なのだから。
 近くで任務があり、ドラゴンスパインから下山すると言っていたアルベドと待ち合わせをしたのだけれど、待ち合わせ場所が山の麓、というざっくりとした指定だった為になかなか彼の姿を見つけることができずにいた。コートの襟を両手で合わせ、寒さに震えながらアルベドを探す事数分、崩れた橋の手前に佇む人影を見つけた。小走りで近付くと、それはやっぱりアルベドで、けれど、少し大きい紺色のコートを着て、赤色のマフラーをぐるぐる巻いてぼんやり立っているのは本当にアルベドなのかと目を擦った。
 
「……アルベド?」
 
「どう見てもボクだと思うけど」
 
 ポケットに手を入れたままアルベドがこちらへと近付いてくる。鼻の頭が赤い。ずっと待っていてくれたのだろうか。アルベドの赤くなった鼻に触れようと手を伸ばしたのに、気が付けば私の手はアルベドの手にとらえられ、そのままぎゅっと握ってポケットの中へと仕舞い込まれてしまった。
 
「キミの手、とても冷たいよ」
 
「…アルベドもね」
 
 平然とこういう事をやってのけるんだから、アルベドは本当にずるい。
 私よりもうんと冷たいアルベドの手を握り直すと、アルベドも力強く握り返してくれた。人の体温というのは心地良い。冷たいながらに体温を分かち合った私たちの手は徐々にあたたかくなってきて、不思議とさっきよりも寒さが和らいだような気がした。
 
「…そのコートとマフラーどうしたの?」
 
 見慣れない紺色のコートと赤いマフラー。どちらもアルベドが進んで買う物には見えなかった。赤いマフラーに至ってはその先に可愛らしいボンボンが付いているし…もしかして、女の人からのプレゼント?わざとアルベドをキッと睨み付けると、アルベドはそんな私を見てきょとんとしていたが、すぐに意味が分かったのかふっと小さく笑った。
 
「違うよ。コートはティマイオスからの贈り物で、マフラーは…」
 
「……マフラーは?」
 
 何故か言い淀むアルベドに本当に女の人からのプレゼント!?と愕然としていると、アルベドは少しだけ口角を上げて「君が思ってるような事じゃないよ」と言って、私の頭に積もっていた雪をまるで頭を撫でるかのように払った。
 
「クレーだよ。いつも雪山にいて寒いだろうからってくれたんだ」
 
「…クレーちゃんか…そういえばクレーちゃん少し背が伸びたんじゃない?」

 変な勘違いをしてしまったのが恥ずかしくて、それを誤魔化すかのように話題を変えようと思ったのにアルベドの視線が擽ったくて堪らない。慈しむようなその視線に下唇を噛みそっぽを向くと、アルベドが笑ったような気がした。
 
「キミが妬くなんて珍しいね」
 
「……妬いてないよ」
 
 羞恥心を押し殺して出た自分の声は思ったよりも小さくて、ぎゅ、ぎゅ、と雪を踏む二つの足音に掻き消されてしまった。
 アルベドと私の付き合いは長い。お互いが特別な感情を抱いているという事を自覚し、今の関係になってからも暫くが経つ。だからこうしてしんしんと降り続ける雪を眺めながら歩く無言の時間も、気まずさを感じる事はない。アルベドといるだけで落ち着くし、心地良いのだ。
 
「久しぶりに鹿狩りの料理が食べたいな」
 
「へぇ、何食べるの?」
 
「…バター魚焼きかな」
 
「アルベドっていつもそればっかり」
 
 向かいの席でバター魚焼きを食べるアルベドが容易に想像できて思わず笑ってしまった。アルベドは小さく首を傾げると、「じゃあ…」と言い私をジッと見る。
 
「キミは何を食べるんだい?」
 
「……肉?」
 
「キミだってそればっかりじゃないか」
 
 してやったりといった顔で私を覗き込むアルベドの腕を叩くと、アルベドが目を細めた。分かりにくいけれど、アルベドが笑っていると私まで笑顔になって、心があたたかいものに支配されていく。こんな話をしていたらとてもお腹が空いてきた。 ポケットに仕舞われ、繋いだままの手をぐいぐいと引っ張ってモンド城までの道を急ごうとしたのに、アルベドは動じる事なくゆっくりと歩いている。私が口を尖らせると、アルベドは降り積もる雪と私を交互に見た。
 
「もう少しキミと二人でゆっくりこの景色を楽しみたいんだけれど、どうかな?」
 
 アルベドが赤いマフラーに顔を埋めた。ああ、これは笑った顔よりもレアかも。
 
 もうすっかりあたたかくなった手はまだポケットに仕舞っておいて、そして繋いでおこう。雪景色を楽しんだら鹿狩りで魚とお肉を食べよう。こんなに寒い日は寝る前にホットココアを飲んで、そしてもう一度手を繋いで並んで眠ろう。アルベドの隣に居たら、どんな日だって特別だ。
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