キミからの本命しか受け付けません


 異国の文化でバレンタインというものがあるらしい。それは女性が好意を持つ異性やお世話になっている異性、友人などにチョコレートを渡すというもので、陽気なモンドの民達は早速それを真似てはバレンタインの今日に至るまで女性はチョコレートを用意し、男性はそれを貰う事ができるだろうかと浮き足立っていた。

 本命チョコ、義理チョコ、というものが存在するらしく、どちらも名前通りの意味で、本命チョコは本命の相手にのみ渡すもので、義理チョコというのは家族や友人、お世話になっている人に渡すものらしい。

 どのチョコをいくつ用意するかは人それぞれで、沢山の義理チョコを用意して配る人もいれば、本命チョコのみ用意する人もいる。色々迷った結果、私は後者で、本命チョコのみを用意する事にした。けれど、本命相手にどのように渡せば良いものかと考え出して数時間。いつまで経っても相手のところへ足を運べずにいた。はい、これ良かったら。と義理チョコのようにさりげなく渡すべきか。いや、それなら本命チョコを用意した意味がないじゃないか。こんな事をぐるぐると騎士団本部の廊下で考えていると、女性団員二人が何やら楽しそうにお喋りをしながら歩いている。「アルベドさん受け取ってくれるかな」「大丈夫だよ!」私を悩ませる男の名が聞こえて何故だか心臓が飛び出そうになる。そうか、あの子もアルベドに渡そうとしてるんだ…綺麗に包装されたチョコを大事そうに抱える女性団員に胸がズキンと痛んだ。

 私が本命チョコを渡そうとしている相手は西風騎士団きっての天才錬金術師アルベドだ。あまり人付き合いをしない彼だが、ひょんな事から顔見知りになりよく話すようになってからというもの、彼の存在が私の頭の中を支配している。自分の思いを伝えようと決意したは良いが、なかなか踏み出せずにいるとこのバレンタインというイベントの話が飛び込んできて、これは良い機会だとチョコを用意したのだけれど、結局彼の元に行く決心がつかず二の足を踏んでいる。

「…夕方にでも渡そうかな」

 持っていたチョコを仕舞って、私はもう一度彼にチョコを渡す時のシミュレーションを頭の中で練り直した。



 覚悟を決めていざ来てみたは良いものの、頻繁にいる錬金台の前にはアルベドはおろか誰もおらず、今日はモンド城内にいると聞いていたものだから予想外の展開に頭が真っ白になる。もしかして今日はドラゴンスパインにいるとか?それとももう自宅に帰った?どちらにせよ今にも陽は沈みそうになっている。万が一羞恥心から本命チョコだという事を伝えられないにしても、今日という日にアルベドにチョコは必ず渡したい。仕方ない。今からでもドラゴンスパインに…と駆け出そうとしたら、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「やぁ。何か用かい?」

 柔らかい、優しい声に心臓が跳ねる。ゆっくり振り向くと、そこには大きな紙袋を抱えたアルベドが立っていた。
良かった、モンド城内に居たんだという安堵感と、持っている大きな紙袋にもしかして…とざわざわした感情が胸に押し寄せてくる。もしかしなくてもあの紙袋の中身は大量のチョコだろうか。日中に騎士団本部ですれ違った女性団員だってアルベドにチョコを渡そうとしていたし。端正な顔立ちでミステリアスな雰囲気を放つアルベドはきっと女性に好意を寄せられやすいだろうと思ってはいたが、まさかあんなにも沢山のチョコを貰う程とは思っていなかった。折角彼に会えたのに、ずんずん気持ちが沈んでいく。

 俯く私の顔を燐葉石のような瞳が覗き込む。「どうしたんだい?」と少し眉間に皺を寄せる優しいアルベドに胸が甘く痛んだ。

 アルベドが沢山チョコを貰っているからって、私の気持ちは変わる事はない。意を決して私は後ろ手に隠していたチョコをアルベドにずいっと差し出した。

「…これ、アルベドに」

「ボクに?………ありがとう。嬉しいよ」

 アルベドは遠慮がちに私からチョコを受け取ると、美術品のような美しい彼の顔が動き、小さく微笑んだ。大量のチョコを持つ彼に思いを伝えようという計画は完全に尻込んでしまったが、せめて何か気の利いた言葉をと思考を巡らせていると、アルベドは私の渡したチョコをじっと眺めながらまるで独り言を言うかのように呟いた。

「…キミからのチョコを待ってたんだ。なのにキミがなかなか来てくれないから…貰えないのかと思ったよ」

 アルベドの言葉に目を見開く。まるで研究の成果でも伝えるかのように淡々と告げるものだから、都合の良い聞き間違えでもしたのかと思ってしまうが、そういうわけではなさそうだ。

「……す、すごいチョコの数だね」

 それってどういう意味?と聞き返せば良かったのに、慌てた私の口は余計な事を溢してしまっていた。そんな事聞いてどうするの!私の馬鹿!と心の中で自分を叱責していると、アルベドはああ、と言って袋の中を私に見せた。

「これは星銀鉱石だよ。絵を描く材料に使おうと思って取ってきたんだ」

 袋の中に入っていたのは大量のチョコではなくて、大量の鉱石だった。チョコじゃない?なら日中にアルベドにチョコを渡すんだと意気込んでいたあの子のチョコは一体?それにアルベドの事なら他の人からも沢山貰うだろう。恐る恐るアルベドの顔を見ると、アルベドは私の考えている事が分かったのか、小さく口の端を上げて得意気に笑った。

「キミ以外からのチョコは全て断ったんだ」

「…………えっ!?」

 アルベドの言葉に驚いて跳び上がると、アルベドは口元を押さえて笑った。

 私もアルベド以外には渡していないんだよと告げるから、あと五分だけ、待ってはくれないだろうか。
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