その感情の名は


 大きく深呼吸をし、故郷の空気を体に染み込ませる。三週間程滞在していた璃月はとても良いところだったが、やはり生まれ育ったモンドが一番だなと長閑な緑広がる景色を見て改めて思う。
 スネージナヤの使節を璃月港まで送り届けるという何ともつまらない任務のせいでモンドを三週間も離れる事になっていた騎士団の私は、ジン団長に任務内容を報告すべく、騎士団本部までの道を急いでいた。
 それにしたって、彼は元気だろうか。一応お付き合いをしている恋人である彼の顔が思い浮かぶ。彼の事なら例え三週間会っていなかったとしても、私の顔を一瞥したらすぐに研究へと意識が向く事だろう。だなんて、それは流石に言い過ぎかな。さっさと任務の報告を終えたら彼の元へ会いに行こう。



 錬金台まで足を運ぶと、スクロースが「先生なら居ませんよ」ときょとんとした顔で教えてくれた。いつもなら此処にいるのにおかしいな。ドラゴンスパインにでも行っているのだろうかと首を捻っていると、通りすがりのエウルアが「彼なら見なかったわよ」と言い去っていった。それならば何処にいるのだろうとますます首を捻るが、もしかしてと思い自宅を目指した。

 案の定自宅の鍵は開いていて、彼の定位置であるソファを覗き込むと、彼、アルベドが仰向けに寝転がり本を読んでいた。アルベドは私の顔を見ると目を数度瞬かせてから「おかえり」と言い体を起こした。

「久しぶりだね」

「うん!私がいない間、変わりはなかった?」

 アルベドは腕を組むとうーん、と唸った。てっきり変わりはなかったよとでも言われるものだと思っていたから身構えたが、「クレーが…」と相変わらず破天荒な彼の妹のような存在の彼女の話に笑みが溢れる。

「…後は、そうだな…これは、良いか…」

 何かを話そうとしたが、アルベドは口を噤んだ。何事もはっきりと伝える彼が珍しい。
 ソファに腰掛ける彼の隣に座ると、アルベドは私の目をジッと見た。どうかしたのかと首を捻ると、アルベドが少しだけ距離を詰めてくる。おや?自分から近寄るだなんて滅多にしない彼がどうしたのだろうかと様子を見ていると、アルベドは私の手をそっと握った。どくりと心臓が脈打つ。本当に、本当に、どうしてしまったのだろう。こんな事をしてくるなんて本当に目の前にいるのはアルベドなのだろうか?彼の皮を被った別の人間なのではとくだらない事を考えていると、アルベドはぱっと私の手を放しソファから立ち上がった。

「…もうこんな時間か」

 時計を見ると二十三時を過ぎていて、今日はモンドに帰ってきてからバタバタとしていたから何だか時間の感覚が妙な気がする。お風呂に入って明日に備えて寝ないと。今日まで長期任務に出掛けてはいたが、明日からは容赦なくモンド内での任務が待っているのだから。
 アルベドはシャワールームを指差すと「先にどうぞ」と私に言った。ならばお言葉に甘えてと着替えを持ちシャワールームへと入った。



 アルベドも私もシャワーを浴び終え、ベッドへと寝転がる。長旅というのは本当に疲れる。横になった途端に眠気が一気に押し寄せてきた。瞼が下がり切る直前にそういえばアルベドにおやすみなさいを言っていない事に気が付く。慌てて軽く身を起こすと、いつもなら少し離れたところで背を向けて寝ているアルベドが、私の横にピタリとくっついているではないか。驚いて眠気もどこかへと飛んでいってしまった。
 アルベドは少し身を起こした私を不思議そうに見ると、「寝ないのかい?」と言い、さっきまで私が頭を乗せていた枕をぽんぽんと叩いた。おずおずと枕へ頭を沈ませると、至近距離にあるアルベドの瞳と目が合う。
 アルベドは私の目をじっと見たまま何も言わない。
 どうしたのだろうか。なんだかアルベドの様子がおかしい気がする。それなのに表情がひとつも変わらないものだから推測のしようがない。エメラルドグリーンの美しい瞳を眺めながらあれやこれやと考えていると、アルベドの唇がゆっくりと動いた。

「…キミに、はやく会いたかったんだ」

 その言葉を聞いた途端、あるひとつの結論へと辿り着く。
 いつもと違う行動を取る彼はもしかして長期間私に会えなくて寂しかったのだろうか。彼に限ってそんな事と思ったが、珍しく自分から私に触れ、いつもより距離の近い彼にそれは確信へと変わる。
 そっと腕を伸ばしアルベドの体をぎゅっと抱き締めると、アルベドは遠慮がちに私の首元に顔を埋めた。

「…寂しかったの?」

「……寂しいという感情がどういうものなのかあまり分からないけれど、恐らくこれはそういう事なんだろうね」

 アルベドが自分の胸を撫でる。私に会えなくても平気そうに見えるのに、アルベドは胸がぎゅっと苦しくなるくらい寂しいと感じてくれていたんだね。
 変わりはない?と私が聞いた時に言葉に詰まっていたのはこの事を言おうか言わまいか悩んでいたからなのかな。

「……私も寂しかったよ」

 私がそう言うと、アルベドは私の首元に顔を埋めたままこくりと頷いた。
 三週間分の寂しさを、今から埋めていこうね。
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