約束は甘い味で

「はい」

「え?」

 突如眼前に差し出された自分が描かれた絵に目を丸くしていると、その絵を持つ人物であるアルベドが私の顔を不思議そうに覗き込んだ。何故受け取らないのかとでも言いたげなその目に首を傾げると、アルベドはぱちぱちと目を瞬かせた。

「キミの事を描いたのだけれど、気に入らなかったかな?」

「……え?あ、私が貰っても良いの?」

 首を縦に振るアルベドから絵を受け取ると、アルベドは満足そうな顔をして「じゃあ」と言い何処かへと歩いて行ってしまった。
 鹿狩りの厨房を借りて料理をする私の絵。描かれている私は自分でも恥ずかしくなるくらい満面の笑みを浮かべている。
 アルベドの趣味がスケッチであるという事は騎士団内では有名な話で、スケッチに没頭しすぎてドラゴンスパインからなかなか下山してこないと、ティマイオスやスクロースが話しているのを聞いた事がある。
 そして彼は気まぐれにスケッチをすると、描いた人物にその絵を渡すというのも有名な話だ。まさか自分が貰えるとは思ってなかったけれど。
 知らないうちに絵を描かれているのは何だか擽ったいものだなと思うと同時にあまり言葉を交わした事のないアルベドからの突然のプレゼントは何だか照れ臭い。彼は特に何も考えず描きたいものを描いているのだろうし、私の他にも絵を貰った人はいるだろう。けれどあまり人と関わる事をしないアルベドがどんな形であれ私なんかに歩み寄ってくれたのは嬉しい事だ。

「あ」

 そういえば突然の事でお礼を言い損ねてしまった。次見かけた時にでもと思ったが、アルベドを騎士団本部やモンド城内で見かける事は少ない。ティマイオスやスクロースを通してお礼を言ってもらおうかと考えていると、笑顔で料理をする自分の絵と目が合う。お礼に料理でも振る舞えたら…と考えるが切り傷だらけの指先を見て肩を落とした。
 大体の人ならば料理の一つや二つくらい作れるものだろう。けれど私は母のお腹の中に料理の腕を置いてきたのかと疑いたくなるくらい料理の才能がない。騎士団でも誰しも得意料理を一つは持っているもので、見張りの際にやむを得ず野宿などをした時にそれらは重宝される。しかし、得意料理はおろか簡単な料理さえも作れない私はそういった時に役に立たず、このままではいけないと思い鹿狩りにて度々料理を教えて貰っている。
 まさかそんな場面を描かれていたなんて、アルベドの目には私がこんな笑顔で料理を作っているように映っていたのだろうか。楽しそうな笑顔とは裏腹に作った料理はことごとく失敗している事を思い出し、やはり違うお礼の仕方を考えようと決意した。



 黒煙と焦げるような匂い。サラが「あー!」と叫んだと同時に火を消したがもう遅い。フライパンの上にあるパンケーキは、本来なら丸くてふんわりとしている筈だが歪な形で真っ黒焦げになっている。
 またやってしまった…仕方なくそれを皿に乗せるが、その横に同じように歪な形で真っ黒な色をしたパンケーキが四枚並んでるのを見てくらりとした。かろうじて一枚だけ食べれない事もない半焦げのようなものが出来たが、私なら成功と言える出来だが、普通の人ならどう見たって失敗作と判断するだろう。大きな溜め息を吐いて机に突っ伏すと、サラが「もう一度挑戦しましょう!」と健気に声を掛けてくれる。そうだね…と返事をすると「成程」という男の声がして慌てて顔を上げた。

「…アルベド!?」

「こんばんは」

 私が焼いた焦げたパンケーキを眺め、頷いていたのはアルベドで、またしても突然現れた彼に驚いて立ち上がると、アルベドは燐葉石のような瞳を瞬かせながら私を見た。

「前に比べたら上達したんじゃないかい?」

「……え?」

「ほら。これなんて少ししか焦げていない」

 体中が熱くなる。スケッチをしてくれたくらいだから私が料理をここで作っていたのを知っているのは当たり前だ。だけどまさか料理内容、そしてその出来まで観察されていたなんて、顔から火が出そうになるくらい恥ずかしい。
 まじまじとパンケーキを見るアルベドの気を逸らせたくて「ああ!」とわざとらしく大きな声を出すと、アルベドがちらりとこちらを見た。

「そ、そういえば!この前は絵、ありがとう」

「ああ。スクロースに聞いたよ。こちらこそわざわざありがとう。気に入ってくれたかな」

「うん、とても。…あ、そうだ。お礼にこれを…」

 アルベドに会ったら渡そうと思っていた物を取り出し彼に差し出す。それはサラに頼んで作ってもらったクッキーで、これならいつアルベドに会えるか分からなくても多少日持ちするしと持ち歩いていたのだ。まさか鹿狩りにいる時に会えるとは思っていなかったけど。

「ありがとう」

 そう言ってクッキーを受け取ってはくれたが、何故だかアルベドの視線は焦げたパンケーキに注がれ続けている。さっきから何故熱心に失敗作のパンケーキを見ているんだろう。するとアルベドはパンケーキの置かれている机の前にあった椅子にちょこんと座り出した。え?どうしたのと聞く前にアルベドの手がフォークへと伸びる。まさか…

「だ、だめだめ!失敗作なんだから!」

「この一番焦げが少ないのにするよ」

「だめー!」

 フォークを掴むアルベドの手を掴み食べようとするのを阻止する。こんな決して美味しそうではないパンケーキをアルベドはなんで食べようとするの!?助けを求めようとちらりとカウンターを見るが気付けばサラは出前へと出掛けてしまったようだった。必死の思いでアルベドの手からフォークを奪い取ると、アルベドは不服そうな顔で私をじっと見た。

「何故邪魔をするんだい」

「当たり前でしょ!」

「…キミが一生懸命作った物だろう。クッキーも嬉しいけれど、ボクはこっちの方が食べてみたいな」

 一生懸命作った物、という言葉にどきりとする。料理が下手で人からよく笑われる事があったし、自分でも何で上手くできないんだろうとうんざりする事があった。けれど私はいつだって全力で料理に取り組んでいた。なんだかその努力が認められたみたいで少しだけ鼻の奥がツンとした。

「…ボクは人が幸せそうにしてるところをスケッチするのが好きなんだ」

 ぽつりと呟かれた言葉に、意外だと思ってしまった。
私の中のアルベドは人に興味が無く常に研究に没頭しているイメージで、そんな私の勝手なイメージとは違い、本来のアルベドは他人の幸せを感じ、スケッチをする優しい人のようだ。

「キミは気付いてないだろうけど、料理をしているキミはとても幸せそうなんだよ」

「……え?」

「だから描いたんだ」

 私は幸せそうな顔をしていたのだろうか。料理は苦手だし、どうしたって上手くならないけれど、作るのが嫌だと思った事はない。つまり、そういう事なのだろう。
 彼の言葉にぼんやりしていると、その隙にアルベドはフォークを手に取り半焦げのパンケーキを口に運んだ。
 「あ!」という私の声が夜のモンド城内に響き渡る。アルベドはそれを咀嚼し飲み込むと椅子から立ち上がった。

「とても美味しいよ。ご馳走様」

 だめって言ったのに…呆然とする私を見て、アルベドはふっと笑うと、私の耳元に顔を寄せた。

「キミの料理が成功したら、ボクに一番に食べさせてね」

 「約束だよ」と言うとアルベドは目を細めて微笑んだ。
料理の腕を上げなければいけない理由がまた一つ増えてしまった。焦げたパンケーキを口に運ぶと、お世辞にも美味しいとはいえなくて思わず笑みが溢れた。
 優しい、優しい彼の為に、まずはパンケーキから頑張ってみるとしよう。
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