それは私が彼、アルベドの事を好きだから芽生える感情なのだろうか。突如西風騎士団に現れた彼は抜きん出た錬金術の才能を見せつけ、あっという間に周囲の人間からアルベド先生と呼ばれ慕われるようになった。
無表情で淡々とした話し方。テキパキと仕事をこなし、人とはあまり馴れ合わない。端正な顔立ちに宝石のような美しい目。オートクチュールの人形のような佇まいは見ているだけでどきりとしてしまう。そんな近寄りがたい印象を与えがちなアルベドだが、いざ話してみると言葉の節々には優しさが滲み出ているし、よく見れば表情の変化にも気付ける。そして妹のような存在で、面倒を見るようにと言われているクレーの世話もちゃんとしている。ああ見えてと言えば彼に失礼かもしれないがとても優しく良い人なのだ。
錬金台へと体を向けて腕を組み何かを考えているであろう彼の背中をじっと見ていると、ふいにキラキラと光る宝石のような瞳が私を捉えた。突然振り向いたアルベドに驚いて目を見開くと、アルベドは少し眉を下げて私の顔をジッと見た。
「十五分」
「…え?」
「キミがそこにいる時間だよ。十五分間そこから一歩も動かずにボクの背中を見ていただろう?いつ声を掛けてくれるのかと待っていたんだ」
気付けばそんなにも長い時間彼の背中を見つめていたのか。しかもそれを本人から告げられるなんて、恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。赤くなっているであろう自分の頬を両手で包み込むと、アルベドは特に表情を変える事なくそんな私を見て首を傾げた。
「ボクに何か用だったのかな?」
「…あ、えっと…」
これといった用事があるわけではなく、ただ偶然見かけたアルベドが熱心に錬金台に向かっていたから相変わらずだなぁとその背中を見ながら彼の事を考えていたら気付いたら声も掛けずに十五分も経っていました。なんて言えるわけがない。向けられる彼の視線から逃れるかのように目を泳がせていると、アルベドの薄い唇がゆっくりと開かれる。
「…キミさえよければ散歩にでも行かないかい?」
息抜きを知らないかのような彼の口からまさか散歩という言葉が飛び出してくるとは思わなかった。肩をぐるぐると回すと、アルベドは眉間を指で揉んだ。疲れ知らずのように見えるけれど、やはり彼でも研究に没頭していると疲れる時は疲れるんだなぁ。行かないの?とでも言いたげにチラリとアルベドが私を見る。慌てて「い、行く!」と思いの外大きくなってしまった声で伝えると、アルベドは可笑しそうに小さく笑った。
◇
「…アルベド、どこまで行くの…」
「もう少し」
散歩というからモンド城内をぶらり、くらいかと思っていたら、気付いたら私達は星拾いの崖にまで足を運んでいた。疲れで段々と重い足取りになる私とは裏腹に、アルベドは息を切らす事もなくスタスタと歩いて行く。
「…ちょっと、待って…」
「おや?ああ、大丈夫かい?」
バテる私に近付くと、アルベドが顔を覗き込む。あまりにも近くにあるアルベドの整った顔に思わずその場から飛び退くと、アルベドは「まだまだ元気そうだね」と言って歩き出した。
ああ、びっくりした。どの距離から見ても綺麗な顔には変わりないが、近くで見るアルベドの顔は見ていられないくらい美しくて、息が止まりそうになる。まるで作り物みたいだなぁと脳裏に浮かんだ言葉に何故だか胸がチクリと痛んだ。
そんな事を考えながらぼんやり歩いていると、目の前にグローブをした手が差し出された。顔を上げると、アルベドが私に手を差し出している。どういう意味かと目を瞬かせると、アルベドも同じように目を瞬かせる。
「ほら」
「え?」
「手」
手、と言われおずおずと手を持ち上げると、アルベドは私の手を流れるような動作で掴み、何事もなかったかのように歩き出した。視界に入る繋がれた彼の手と私の手。
え?なに?どういうこと?と疑問符が頭の中に浮かぶが、あまりにもいつも通りの彼になぜ?と聞く勇気はない。もしかして私が疲れているのを察して手を引いてくれているんだろうか?先程よりも少しゆっくり前を歩く彼は歩調を私に合わせてくれているみたいで、そういうさりげない優しさが堪らなく好きだと下唇を噛んだ。
「着いたね」
アルベドの少し嬉しそうな声に顔を上げると、気付けば星拾いの崖の一番高いところまで登り切っていたみたいで、相変わらず息を呑むくらい綺麗な景色に自然と笑みが溢れる。幼い頃はよくここまで遊びに来ていたけれど、魔物も少ないこの場所は騎士団に入団してからはあまり来る機会がなかった。こんな素敵な場所にアルベドと来ることができて、何だかバチが当たってしまいそうだ。
「少し座ろうか」
「うん、…あっ!アルベド!」
アルベドが腰を下ろそうとした先にセシリアの花が見えて、思わず彼の名を呼ぶと、それに気付いたアルベドは「おっと」と言いその横へと腰を下ろした。
「急に大きな声出してごめんね」
「いや、キミに言われなければ気付かなかったよ。危うくセシリアの花をぺしゃんこにしてしまうところだった」
「ふふ、良かった」
小さく息を吐いたアルベドと、風に揺れるセシリアの花を見て微笑むと、アルベドはまるで遠くでも見ているかのような目で私の事をぼんやりと見た。びゅうと風が吹いてアルベドの首元のシャツが乱れる。アルベドは首に刻まれている印をそっと指でなぞりながらぽつりと呟いた。
「………キミは、人でないものに対してもその優しさを惜しむ事はないんだね」
「え?」
どういう意味だろうかとアルベドの顔を見るが、アルベドは崖の下に広がる景色へと視線を移してしまった。えっ、えっ、と先程の言葉の意味を理解できていない私の情けない声が風の音へと混ざる。アルベドはそんな私を横目でチラリと見ると、少しだけ目を細め微笑んだ。
「…そんなキミが好きだって事」
都合の良い聞き間違いをしたのかと耳を疑ったが、いつもは人形のように白い彼の横顔が少しだけ色付いているのを見て、聞き間違いではないという事を実感する。
「わ、私も…」
びゅうと風が吹く。小さく呟いた声は風の音に掻き消されてしまっただろうか。それとも彼の耳まで届けてくれただろうか。
セシリアの花が風に揺れる。アルベドが私の手を取る。赤く染まった彼の顔を見て、私の声は届いていたのだと微笑んだ。