レシピ通りにはいかないね

「今度、一緒に食事でもどうだろう」

 目を見開く私とは裏腹に、目の前の男はただでさえ作り物のような綺麗な顔を、ほぼ動かす事なくそう言い放った。
 眼帯をしたノリの軽い同期に言われるのならまだしも、異性を食事に誘うだなんてそんな浮いたことをするようには見えない男から齎されるお誘いの威力は抜群で、一体全体どういう意図なのかと黙り込んでいたら、彼は大きな目を数度瞬かせると、壁に掛かっている時計をチラリと見た。

「返事はまた聞きに来るよ。行かなくてはいけないところがあってね」

 じゃあ。と言うと彼は手を挙げ去って行った。



 私は誰とだってそれなりにコミニュケーションを取れる自信があるが、彼を前にすると唇はぴたりとくっついてしまうし、目はこれでもかというくらい泳ぎ出してしまう。
宝石のような瞳と、整った顔立ち。あまり変わることのない表情はまるで美術品のようで、彼と目が合うといつもの自分じゃなくなってしまうのだ。
 彼、アルベドとの出会いは図書司書であるリサさんのお手伝いをしていた時に、図書館にて数度言葉を交わしたのがきっかけだ。常に何かを研究しており、類稀なる錬金術の腕前は西風騎士団内でも有名で、そんな彼に話しかけられた時は心臓が馬鹿みたいにうるさかったのを覚えている。最初は探している本の棚の場所について尋ねられただけだったが、それ以降私を見つけると「元気そうだね」と声を掛けてくれたり「任務の時に摘んできたんだ」とセシリアの花を贈ってくれたりと、何故だか気に掛けてくれている。

「…はぁ」

「あら、溜め息なんか吐いてどうしたのかしら。恋の予感?」

 図書室の本棚を整理していると、どこから現れたのかリサさんが向かいの本棚の間からひょっこり顔を出した。

「そ、そんなんじゃないです…」

 できるだけ動揺を悟られないようにそう言ってはみたが、鋭い彼女には私の思考などお見通しのようで「あらあら!」と言いながら満面の笑みを浮かべている。

「お相手は誰かしら?」

「だからそんなんじゃ…」

「アルベド?」

 一発目から核心を突かれ、思わず持っていた本を数冊落としてしまった。慌ててそれを拾うと頭上から「うふふ、図星ね」と楽しそうな声がした。
 …何故分かったのだろう。私はアルベドの事についてリサさんに相談なんてした覚えはないと言うのに。ちらりとリサさんの顔を伺うと、リサさんはある本を一冊手に持っており、それを私に差し出した。

「アルベドがよく借りていた本よ。貴方が居ない時によく借りに来ていたわ」

 差し出された本を手に取ると、心臓が殴られたみたいに大きな音を立てた。その本は恋愛のノウハウについて書かれている本で、本とリサさんを交互に見ると、リサさんは「読んでみたら?」と言って小首を傾げた。
 パラパラとその本を捲っていくと「恋をした相手には積極的に話しかけにいく事」「贈り物をしたら喜んでくれるだろう」「食事に誘ってみよう」などと何ともベタな事が書かれていた。それを見てピンとこないほど鈍感ではない。何故ならこの本に書かれている内容をアルベドは私に実践しているのだから。ただでさえ身体中が熱いというのに、次のページに書かれている項目を見て私の頭は沸騰しそうになった。

「……食事をして手応えを感じたら勇気を出して告白…」

 思わず読み上げると、リサさんが「あら!」と声を上げた。どうしようという思いを込めてリサさんを見ると、リサさんの視線は私の後ろへと注がれている。本を閉じて慌てて振り向くと、そこには不思議そうに私達を見るアルベドが立っていた。

「取り込み中だったかな?」

「え、えっと…」

 突然の本人の登場にできるだけ平静を装うが、相変わらず彼を前にすると上手く口が回らない。リサさんに助けを求めようと横目で彼女の方を見たが、いつの間にやらリサさんの姿は消えていた。あ、あの人め!
 縋るものがなくなり視線をアルベドへと戻すが、アルベドの視線は私の手にある本へと注がれていた。それを見て、しまった!と思い持っていた本を後ろ手に隠すが、もう遅い。

「その本…」

 後ろ手に隠した本をアルベドが指差す。何と説明して良いのか分からず口籠もっていると、アルベドは顎に手を当て、考えるような仕草をした。
 暫しの沈黙の後、アルベドはよく見なければ分からないくらい僅かに表情を歪ませ、私の目を真っ直ぐ見た。

「…好きな人がいるのかい?」

「…えっ」

 何故そうなるのだと思ったが、普通に考えたらこのような本を私が手にしていたらそう思うのは当然だろう。そういうつもりで持っていたわけではないが、ならどういうつもりなのだという話だ。どうしたものかと思考を巡らせていると、アルベドは「おかしいな…」と呟いた。

「…ボクの推測によると、キミの好きな人はボクの筈なのだけれど」

 ぼそりと呟かれた言葉に目を見開く。アルベドが呟いた言葉がじんわりと脳に染み込んでいき、身体中がこれでもかというほど熱くなる。そんな私を見ると、アルベドはふっと目を細めた。

「……当たってるかい?」

 見た事がないアルベドの得意げな笑顔に心臓がどくんと脈打つ。その顔は、ずるい。
 私の返事を待つかのように訪れる沈黙に耐えきれなくなって、上手く回らない頭から必死に言葉を絞り出した。

「………しょ、食事、行きます」

 私がそう言うと、アルベドは目を丸くして、そして嬉しそうに顔を綻ばせた。

「…食事の後は、その本に書いてあっただろう?返事、期待しておくよ」

 「明日の十九時に鹿狩りで」と言うとアルベドは図書館を去って行った。
 返事なんてさっきので分かったでしょう!と、言ってやれば良かった。明日また彼の前で林檎のように赤くならなくてはいけないのだろうか。そしたらアルベドは「ボクの推測は正しかったようだね」と言って笑うのだろうか。
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