赤い糸で縛っておいて

 凍傷をおこした手がプチリと切れた音がした。
 四面楚歌ってやつか。と、訳の分からない呪文を詠唱するアビスの魔術師を睨みつけた。ヒルチャールの巣の殲滅とだけ聞いていたものだから、単騎で乗り込みヒルチャールは殲滅したは良いものの、まさかアビスの魔術師が三体もいるとは思わなかった。アビスの魔術師の属性は氷元素で、運の悪い事に私の神の目も氷元素。アビスの魔術師を纏うシールドの様なものを一向に壊せず、私の体力は消耗し切っていた。
 どうにか元素を使わず攻撃するが、強固なシールドの前では太刀打ちできず、ただ無駄な時間を使って動き回っているという状況だ。アビスの魔術師が詠唱する度に、場の温度がガクッと下がるのが分かる。まるでドラゴンスパインにいるかのような寒さに、自分の体力がどんどん減っていく。吐き出した息は白く、呼吸をする度に喉の奥に冷気が張り付いて、酸欠のような症状に陥ってしまう。
 ああ、最悪。騎士団である以上危険はつきもので、いつだって死を覚悟していたが、まさか舐めてかかった任務中にあっさりやられてしまうだなんて予想してなかった。こんな事ならジンの制止を振り切ってまで一人で来るんじゃなかったな。なんて考えていたらアビスの魔術師が三体同時に詠唱を始めた。やばい、かも。そう思った時にはもう遅く、私の足元は目に見えて分かる程冷気に包まれる。視界が狭窄してきた。
 ここまで、かも。足に力が入らず、膝がガクリと落ちるのが分かった。しかし、私の体はいつまで経っても倒れる事はなく、私の腰を力強く支える温もりに気が付いてハッとした。

「裁きを、受けよ」

 大きな火の鳥が、アビスの魔術師達に喰らい付く。あんなにも手こずっていたシールドはあっという間に剥がされて、アビスの魔術師達が地面へと落ちる。見覚えのある技、この匂い、間違える筈がない。顔を上げると、訝しげな顔をしたディルックが私を見下ろしていた。

「…だから騎士団には入るなと言ったんだ」

「ご、ごめんなさい」

 へへ、と笑って見せるが、ディルックの口はへの字のままだ。

「立てるか」

 ディルックの言葉に足に力を入れてみるが、体力を消耗しすぎたのだろうか、膝がガクガクと震えて一人で立つ事ができない。それを見るとディルックはチッと舌打ちをした。

「…あいつら」

 ディルックはアビスの魔術師達を睨みつけると、私の腰に回していた手を太腿へと回し、私の体をグッと持ち上げた。

「ちょ、ちょっとディルック!?」

「静かにしていろ」

 私を片方の手で抱き上げたディルックが、本来は両手で握る筈の剣を片手でグッと握った。一度持たせて貰った事があるが、あの剣はすごく重い。それに加えてもう片方の手では私を抱き上げている。なのにディルックは顔色ひとつ変える事なく構えを取った。

「しっかり掴まっててくれ」

 え?と聞き返す間もなく、視界がぐるりと回転する。視界いっぱいに広がるのは炎なのか、それともディルックの燃えるように赤い髪なのか、などと考えてるうちに全てが終わっていた。奴等によって漂っていた冷気など見る影もなく、辺り一面はまるで焼け野原と化していた。
 流石、ディルックだ。汗ひとつかくことなく、まるで何事も無かったかのような顔をしている彼がかっこよくて、胸がきゅんと鳴ったような気がした。しかし、ディルックは剣を仕舞うと赤い瞳を細めて私を見た。

「…君が騎士団に入るのを僕はずっと反対していた」

「…知ってる」

「入団する時に約束をした事は覚えているか?」

「む、無茶はしない事」

「そう」

 少し頬を膨らませたディルックが私の額を指で弾く。両手剣を片手で難なく振り上げる様な男の指の力は凄まじく、私は思わず体ごと仰け反った。

「いったぁーい!!」

「約束を破った君が悪い」

 痛む額を押さえると、ディルックはフン、と言って満足そうに笑った。身体中のあちこちが痛いというのにトドメを刺されてしまった。というか、いつまでディルックは私を抱き上げているんだろう。まるで赤子のようにひょいっと持ち上げられて、今になって恥ずかしくなってきた。下に降りようと身を捩ると、私を支えるディルックの手に力が入るのが分かった。

「もう大丈夫だよディルック、下ろして」

「嫌だ」

 なんで!と言ってディルックの肩を数度叩くと、ディルックの長い指が私の手を掴んだ。

「…痛むか?」

 ディルックはそっと掴んだ私の指先をまじまじと見た。アビスの魔術師の攻撃により至る所が凍傷のようになっており、あまりの冷えで指先は切れて傷だらけだ。お世辞にも綺麗とは言えない指先が恥ずかしくなって、ディルックの手をゆるりと解こうとするが、何故だかディルックの指がそれを許そうとしない。なんでと思い首を捻るとディルックは目を伏せて、私の傷だらけの指先にそっと唇を落とした。

「あまり、心配をかけないでくれ」

 そう言うとディルックは空いていた方の手を回して私をギュッと抱きしめた。突然の事に頭が上手く回らない。
冷え切った体に、ディルックの熱は熱すぎるよ。
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