甘く溶かして

「今朝のあれ、見たか?」

 モンド城内を警備中、相方であるガイアが何かを思い出したかのように口元を押さえて笑った。警備と言ってもほぼ無意味である事は分かっているとはいえ相変わらず能天気なこの男を軽く睨むと、「まあそんな顔するなよ」と言って私の肩を叩いた。

「あれって?」

 私がそう言うと、ガイアは待ってましたと言わんばかりに悪戯っ子のような笑みを向けた。

「朝礼の時のジンの顔見たか?」

「あー…そんなにまじまじとは見てないけど」

「あいつ、右の眉毛書き忘れてたぜ」

 ぶ、という音が聞こえたかと思うとガイアが腹を抱えて笑い出す。いつも飄々として作り笑いばかり浮かべている男がこんなに笑うなんて珍しい。でもあのジン団長が眉毛を書き忘れるなんて、そんなお茶目で抜けてるところもあるんだと思うと段々笑いが込み上げてくる。私が笑い出したのを見てガイアもまた笑い出す。こんなところを市民に見られては西風騎士団の名折れだ。私達は慌てて人気のない路地裏へと駆け足で入った。

「ふ、ふふ、あはは!やめてよ!ふふ、想像しちゃうでしょ!」

「想像も何も本当なんだよ。あれは見ておく価値があったぜ」

 ガイアが笑いを誘うような事ばかり言うもんだから、笑いが止まらなくなる。ガイアの肩をバシバシと叩くと、ガイアもまた私の肩に手を置いて下を向いて笑い出した。警備中なのに、まったく。こんなところ誰かに見られたら全部ガイアのせいにしてやろう。だなんて考えていたら、どこからともなく視線を感じ、辺りを見回した。すると、数十メートル先に此方を見ているディルックを見つけた。

「あっ!」

 咄嗟に手を挙げるが、気付かなかったのだろうか、ディルックは建物の向こうへと消えて行った。

「ん?さっきのはディルックか?」

 私が手を挙げた時にガイアもディルックに気付いていたらしく、さっきまでディルックがいた方向を見つめている。

「手挙げたんだけど気付かなかったみたい」

「…そんなわけないさ、あいつが愛しのお前に気付かないわけがない」

 私とディルックは所謂恋人同士で、その事はガイアも知っている。というかガイアに知られたせいで騎士団の中でもその事は結構話題になってしまっている。ガイアの言ってる意味が分からず首を傾げると、さっきまでの笑みとは違ういつもの笑みを顔に浮かべたガイアがウインクした。

「先に謝っておく。悪いな」

 何が?と問いかけたが気付けばガイアは数歩先をテクテクと歩いていた。自意識過剰かもしれないが、確かにあのディルックが私に気が付かないわけがない。ディルックの行動とガイアの言動の意味を考えながら、私はガイアの後を追った。



 騎士団の仕事が終わり自宅へと帰ると、部屋の鍵が空いている事に気付いた。あれ、私ってば今朝鍵掛けずに出てきちゃった?そう思ったがもしかしてと思って扉を開けると、玄関に私より一回り以上大きい見覚えのある靴が揃えられていた。合鍵を渡してあったけど使ってくれた事は無かったし、事前に確認してからしか来てくれた事がないので嬉しくて顔がニヤけていくのが分かった。

「ディルック!」

 ソファで寛いでいたディルックに飛び付くと、何故だか無反応で妙な沈黙が流れる。いつもなら「甘えん坊だな」と言って笑いながら抱き締め返してくれるのに。そーっとディルックの顔を見ると、仏頂面どころかまるで戦闘中かのような険しい顔をしていて、思わずディルックの体に回していた腕をゆっくり解いた。

「…私、な、何かした?」

 長い沈黙が訪れる。額から汗が落ちるのが分かった。絶対にこれ、私に怒ってるよね。それが分からない程馬鹿じゃない。この前甘えすぎたのが鬱陶しかった?それとも寝てるディルックの髪で三つ編みして遊んでるのがバレたとか?いや、そんな事で怒る男じゃない。だなんて考えていると、ディルックが私の腕を勢いよく引っ張って、視界が回転する。気が付けばあっという間に私はディルックに組み敷かれていた。

「僕が何故、怒っているのか分かる?」

「…わ、分かんない」

 素直にそう答えると、ディルックが長い溜息を吐いた。至近距離で見ると、ディルックの赤い瞳が不安げに揺れているのが分かった。

「今日ガイアと居ただろう」

 突然のガイアの名前にへ?という間抜けな声が出た。なんで今ガイアの名前が出てくるんだろう。と思っていると、私の考えてる事が分かったのかディルックはまたしても溜息を吐いた。

「……ガイアと君は、仲が良すぎるんじゃないのか」

「そうかな?普通だと思うけど…」

 またしても沈黙が訪れる。一体どういう事?思考を巡らせていると、ガイアの「先に謝っておく。悪いな」という言葉が脳内を駆け巡る。そして、何故だか私に気付かないフリをしたディルック、謝るガイア、様子のおかしい今のディルック。それらを合わせると、一つの結論に辿り着いた。

「もしかしてディルック、ヤキモチ妬いたの?」

 口をへの字に結んでいたディルックの顔がみるみるうちに赤くなる。やっぱり、図星だ。恥ずかしいのか勢いよく顔を逸らすディルックが可愛くて、しがみつくみたいにぎゅっと抱き締めると、力が抜けたかのようにディルックが私に覆い被さった。

「……聞かなかった事にしてくれ」

「嫌!ディルックもヤキモチとか妬くんだね」

 私の首元に顔を埋めるディルックの頭を撫でると、ディルックはさっきとは違う気の抜けたような溜息を吐いた。

「…当たり前だろう。君がガイアと楽しそうに話してるのを見てガイアに剣を向けそうになったよ」

「ふふ、それはダメだよ」

 私とガイアが楽しそうに話してるのを見て、あのディルックが嫉妬してその場から立ち去るなんて誰が思うだろう。アカツキワイナリーの経営者で、モンドを守る闇夜の英雄である彼でもヤキモチを妬くんだ。しかもその相手が私だなんて、嬉しすぎるよ。

「ディルック」

 名前を呼ぶと、ディルックがおずおずと顔を上げた。いつもの凛々しい顔と違って、眉間に皺を寄せた赤い顔をした彼が可愛くて、両手で顔を包んでそっとキスをした。驚いたような顔をするディルックにもう一度キスすると、まるでタガが外れたかのようにディルックの舌が唇を割って入ってくる。何度も角度を変えて繰り返される激しいキスに、息ができなくなる。一瞬、唇が離れた時に私の口から垂れた唾液をディルックが舐め上げる。それにゾクリと体が反応するのが分かった。ゆっくりと唇が離れると、ディルックの額が私の額にくっつけられる。

「…君は、もう少し自分が可愛いという事を自覚してくれ」

「可愛くなんて、ないよ」

 首を横に振ると、ディルックが私の鼻の頭にチュッと音を立ててキスをした。

「君は可愛い。すごく」

 可愛い可愛いと言われ、顔が熱くなる。私の頬に何度もディルックがキスをする。その度にディルックの長い前髪が顔にかかってくすぐったい。

「もっと僕に愛されてるという事も自覚してくれ」

 そう言うとディルックはチュッと音を立てて唇へキスをして、私の体をぎゅうぎゅうと抱き締めた。ディルックの事が愛しくて大好きで胸がいっぱいになる。

「…ディルックが一番好き。大好き」

 ディルックの頬に同じように音を立ててキスすると、ディルックの動きがピタリと止まる。ん?と思い顔を覗き込もうとしたが、ディルックが勢い良く体を起こして、着ていた上着を脱ぎ出した。

「今から君を抱く」

「…えっ!?」

 シャツのボタンを全て外したディルックがこれまた勢い良くシャツを脱ぎ捨て、私の服に手をかけた。

「僕の事しか考えられないようにしてあげる」

 ディルックの事しか見えないよ、そう言う間もなく、私の唇はディルックによって塞がれた。
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