名前をつけるなら

 ヒルチャールの殲滅、という簡単な任務内容だったというのに、次から次へと、一体どこに潜んでいたのかと聞きたくなるくらい沸き出るヒルチャールの相手をしていたら月が沈んで、朝日が顔を出し始めていた。真っ暗闇の中、まるで作業のようにヒルチャールと戦っていたから滲む朝日に目が痛い。
 折角の夜明けだというのに顔を顰めていると、いつの間にか私の顔を覗き込んでいたガイアがぷっと笑った。

「面白い顔をしているな」

 隻眼を細め、面白い玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべるガイアを軽く小突くと、ガイアは「冗談だよ」と言って私の頭を勢い良く撫でた。

「レディに対して色々と失礼!」

「悪い、悪い。でも、俺よりもヒルチャールを倒していたであろうお前をレディ扱いするのも失礼かと思ってな?」

 ガイアよりも多く倒したのは事実だが、それはガイアが上手にサボっていたからこうなっただけであって、本気を出したらガイアの方がもっと凄いじゃないか。何を言っても煙に巻かれてしまうのは目に見えていたので黙って唇を尖らせていると、ガイアはまた私の顔を覗き込んで、先程と同じように笑った。全く、失礼な男だ。でも、誰に対しても気遣いを忘れず、取り繕った笑みばかりを浮かべているガイアが自分にだけはこんな遊び盛りの子供のような屈託のない笑みを見せたり、無遠慮な振る舞いをしたりするのは些か気分が良い。

「……お腹空いた」

 たぶん、ガイアは気付いていない。だからこの事は彼には言わない。そんな優越感を心に隠して、お腹を摩って空腹を訴えると、伸びをしていたガイアがギョッとして私を見た。

「…確かに腹は減ったが、俺はどちらかと言うと一刻も早く眠りたいところだ」

「なら私も寝る」

「おいおい、腹が減ったんじゃなかったのか?」

「確かにお腹は空いたけど、放っておいたらガイア、朝ご飯食べずにいるでしょう?だから一緒に寝て、起きたらご飯作ってあげるよ」

 足元に散らばったヒルチャールの落とし物を拾い上げる。よく見たらあちこちに散らばっている。これを全て拾うのは面倒だな。早くモンド城に帰りたいや。出しっ放しだった剣を仕舞って、服に付いた汚れを払っていると、ガイアの動きが止まっている事に気が付いた。顔を上げると、丘の向こうから顔を出した朝日が目に飛び込んできて、私は咄嗟に目を瞑った。うう、眩しい…ゆっくり目を開けると、こちらを見ているであろうガイアの輪郭が朝日でぼやける。逆光で分かりにくいけど、その表情は見た事がないくらい穏やかな笑みを浮かべていた。えっ、と初めて見るガイアの顔に目を見開くと、もう次の瞬間にはガイアはいつも通り、けろりと笑っていた。

「……帰るか」

 ガイアが私に手を差し伸べる。その行動に目を丸くしていると、ガイアはバツが悪そうに顔を歪ませてから、私の手を勢い良く取った。ガイアから手を繋いでくるなんて珍しい。大きくて、少しカサついているけど、あたたかい手。ガイアを氷のようだと揶揄する人もいる。そう言いたくなる気持ちは少し分かる。ここではない何処か遠くを見つめる彼の隻眼の中を覗こうとしたって、その中には彼しか分からない闇が広がっている。一歩さえも、踏み込む事が許されない。無理にこじ開けてやろうかと思う時もある。だけど、そんな事ガイアはきっと望んでいない。あたたかいところで、いつか氷は徐々に溶けていくだろう。その証拠にほら、ガイアの手はこんなにもあったかい。チラリとガイアの顔を覗き込むと、海の底みたいな色をした瞳が朝日を受けてキラキラと輝いている。私と目が合うと、ガイアは眉を下げて目を細めた。
 モンド城に帰ったら、同じベッドで眠ろう。朝ごはんはうんと美味しいものを作ってあげる。君の笑顔が見れるなら、どんな些細な事だって、私が叶えてあげる。
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