マネージャー、
東京行くってよ
5月の下旬にお兄ちゃんの帰国に合わせて東京に帰省することになった。その第一目的は大学の見学だったりするわけだけど、兵庫から東京はなかなかに遠いし、キャンパスの見学となると1日使うしということで金曜日に前乗りして土曜日は部活をお休みさせてもらい、日曜日に帰宅する日程で家族と話を進めていた。稲高バレー部のマネージャーになってから部活を休んだことは体調不良以外ほぼないから本当に珍しくお休みの許可を貰いに行かなきゃならなかったんだけど。

「お前それ絶対嘘やん」

黒須監督とコーチの了承はあっさり取れたというのに、その横に並んでいた侑が疑うような目付きで言い放った。

「はぁ?なんでこんな嘘つかなきゃならないの」
「どうせ佐久早くんやろ。会いに行く約束でもしたんちゃう」
「た、確かに会う約束はしたけど」
「ほれみぃ!」
「だけどそれが目的やないわ!!会うんも本当に帰る前にちょっとだけやもん!!」
「嘘やな!お前が東京行きたいなんてそれ以外の理由ないやろ、部活サボってまで男んとこ行きたいだけやんか」
「おい侑、そのへんにしとけ。ひかりも落ち着け」
「部活終わっとるけど今後ろみんな自主練しとるんやからお前ら静かにせえ」

侑の一言でプチンと何かが切れる音がした。コーチと監督の静止の声は全くもって耳に入ってこない。
だって、聞き捨てならない。佐久早くんに会えたらいいなってそりゃもちろん考えてたことは否定しない。だけどそれが第一目的で部活を休みたいなんて言わない。そんなんだったらもっと前に、それこそバレンタインの時とかお誕生日の時とか、嘘でも何でもついて会いに行ってるわ。こっちは東京は出身地なんですけど!泊まれる家だって親戚だっているんだから行く口実なんていくらでもつくれる。だけどそんな、部活サボったろなんて思いつかないし、しないし、やらないし!!そもそも私が今まで真面目にマネージャーやってるの知ってるよね!?

「はぁあ!?お兄ちゃんが帰国するのも本当だし、今年もオープンキャンパス、インハイで行けないのも紛うことなき事実ですぅ!」
「そんなん言うて佐久早に会いに行くだけやん!そっちが目的やんな」
「ちゃうわ!!なんでそんな部活サボる気ぃやろとか言うん!今までそんなん、したことないやろが!!あんたは今まで私の何を見とったんや!!」
「タイミング良すぎやねん!!それらしい理由後付けしてまで井闥山行きたいだけにしか聞こえへん!!」

胸ぐら掴んで怒鳴り散らしてやろうかと思うほど距離を詰めて侑を下から睨みつける。侑も侑で上から私を見下ろしながら睨みつけてくる。身長が高いから、見た目がチャラいから、ガタイがいいから、そんな侑のことをちょっとこわいと思うような要素はきっと他人からしたらいくらでもある。だけど私はこいつと11年一緒にいるんだからね、何をされても言われても今更怖いもんなんてなんにもない。

「角名まだやっとる、間に合ったわ」
「俺動画にしよ」
「写真撮るわ」
「お前ら……あとで絶対ひかり怒るやろ……」
「怖ない言うとるやろ銀」

しばらく睨み合いは続いたけどキッと侑が監督とコーチの方を振り返った。

「監督!コーチ!休むん許可すんのはどないなんですかこんな下心しかないやつ!」
「なんで侑にそんなん言われなあかんの!?あんたと違ってちゃんと進路考えてんのやこっちは!」
「俺はプロになるんや!このままずっとバレーすんのが俺の進路やねん!ほんでもってブチョーやからな俺は!」
「監督!コーチ!今からでも遅ないです部長変えましょこんなアホじゃうちの部ダメになります!」
「実力も兼ね備えたみんなのキャプテンやぞ俺は!!」
「何その言い方どこぞのネズミのキャラクターでも気取っとんの?実力だけ備えてればええ思っとるんか?部長力で言うたら北さんの足元にも及ばんやろが!!」
「おい北さんの名前出すな!!」
「部長力ってなんやねん」
「ひかり語」

その後もやいやい言い合っていたらついに雷が落ちた。私たち2人分の声をかき消すほどの声量が体育館に響き渡った。

「お前ら2人ともええ加減にせえ!!正座ァ!!」

あんまりにも声が大きかったから侑と2人で肩を揺らしてしまう。でもそうなったのは多分私たちだけじゃなくて、ここにいた全員がびっくりしてそうなったと思う。……監督の一言で一気に思考が冷えた。……やってもた、みんなうるさくしてごめん……。

「「……ハイ……」」

しおしおと萎えた侑と私は揃って監督の前で正座をして大人しく監督からのお説教を頭から浴びた。……高3にもなってまで何しとんのやろ、侑と治と一緒になると精神年齢下がるわ……。しかも私たち部長とマネージャーやんな……こんなんじゃ後輩に示しがつかん……。





部活終わり、佐久早くんに返信しながら侑と治を待っていれば誰かからのメッセージがひとつ、ふたつと増えていた。またあとで見ればいいやと思ったのも束の間で、すぐさまぽんぽんとその未読のまま放置しているメッセージが増えていく。これ絶対どこかのグループが動いてるなって思って佐久早くん宛のメッセージを打ち終えてから見に行けば、普段連絡用として使っている稲荷崎男バレのグループが物凄い速さでメッセージが溜まっていた。なになに、なんなのといっそ気持ち悪ささえ感じて開くと侑と私が言い合いをしている動画と写真、それと共に添えられた一文に目を見開いた。


『マネージャー、東京行くってよ』


「……倫太郎……治……」

ギチィと音がなりそうな程携帯を握りしめる。あいつら許さへん……!ここ来たら飛び蹴りでもかましてやりたい。出来ないから脇腹殴るしかないけど。

結局大荒れしたそのグループは最終的に『先輩ら、仲ええですね』というレアキャラ愛ちゃんの一言に沸き立った部員たちにより話が逸れていってそのうち静かになった。みんなそのまま忘れてくれ。
そして次の日、何か勘違いした1年生たちが東京行かんでくださいと駆け寄ってきてくれたのが可愛かったのでまあ、仕方ない、良しとする。




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