新入生とマネージャー 3
稲荷崎高校男子バレーボール部に所属してからの4月は本当にあっという間に過ぎてった。最初の週は放課後練習だけ参加させてもらって、その週末ガッツリ土日練習を経験した後に月曜日から朝練にも参加した。ただただ、マネージャーとして体育館中を奔走する毎日やった。これを加隈先輩は中学ん時から続けてると思うとほんま尊敬するわ。運動部自体経験のない私はまだまだ体力からついていけてないな思うことが何度もあって、夜お風呂入る前に腹筋やら背筋なんかを始めたんもここ最近の変化やった。
それからやっぱり、バレーボールなんて分からんから文字通り右往左往することが多かった。ほんでも加隈先輩は小さく簡単な仕事からやらしてくれたし、マネージャーの仕事の説明もバレーボールの解説も何ひとつ不足なく丁寧にしてくれた。監督やコーチ、部員の人らも私が1年っちゅうこともあるけど初心者やからとかなり配慮してくれてんのが分かる。それがなんや悔しいなあって思うようになった。今すぐには加隈先輩のようにはなれへん、それは分かっとる。そんでももう少し足引っ張らんようにならんと、せっかくここに所属したんやからってなるんや。こんな風に思えるようになったんも、ここに来てからの変化なんやけど。

そうやって良い方向に変わっとるものを自分の中に感じつつも、だけど時々、気持ちがどうしようもなく沈むことがある。大概それは夜になってっからで、ひとりで部屋におる時とかお風呂に入っとる時とか、日記を書いてる時とか。
今日もそうやった。GWに突入してすぐに始まった合宿で、キッツイ練習試合終えた後の夜にそれはまた来よった。マネージャーを始めてから記録のために付け始めた日記を書くんに自然と一日を振り返る。そうすると嫌でも思い出してしまう、今日自分がやらかしたミス、注意されたこと、気をつけなあかんこと。……集中が高まった部員から少しだけキツく当たられたこと。加隈先輩は笑って許してくれて次直せばええよ言うてくれたけど、今日は練習試合やったからほんまやったらもっと率先して動いて、特に同じ1年の部員たちが余計な雑用せんでええようにしないとあかんのに。マネージャーの仕事するタイミングやって、考えなあかん場面もあんのにな。
加隈先輩の口癖は「コートの外のことはマネージャーに任せて。余計なことすんな」やけど、そう言いつつも自分の手に負えない時はちゃんとヘルプを出せるからその辺上手いよなと思う。例えば絶対無理やなってくらい重い荷物を何度も運ぶ時とか。大概の仕事は全部請け負ってなんでもやってまうんやけど、どうしても難しいなて判断した力仕事だけはちゃんと頼っとるんよな。裏方としていつどのタイミングで何をしたらいいかも、長年の経験があるからか絶対間違えんしな。先輩よう気がつくなあってところで部員の欲しいもんをちゃんとサポートできるんがすごいなあて。

……まだ、どこで力を抜いてええんか、頼ればええんかもようわからん。誰に声掛けてええんかもわからんし。名前、は流石に大体の人覚えたけど、なんちゅうか呼びにくいっちゅうか。

こういう時に、今まで人との関わりをサボっとったツケがきとるんよなあと思う。下手くそ、なんよな。加隈先輩みたいにいっつもにこにこできるわけでもないし、人に頼るんもなんや苦手やわ。話すこと自体も得意やない。……今思えば普段の会話も自分から何かを聞いたりしてること自体少ないんやない……?

―ほんまになんで加隈先輩は、私なんかに声かけたんやろ


「ひかりはなんで谷口さんに声かけたの?」


沈んだ気持ちのまんま寝られへん思って気分転換も兼ねて部屋を抜け出した先で聞こえてきたんは、角名先輩の声やった。しかも私が繰り返し繰り返し、ずっと心の中で疑問に思ってることそのまんま。……タイミング、最悪や。ぴたりと足を止めて聞こえた方を伺えば自販機の前に3年のスタメン呼ばれる先輩らと加隈先輩がおった。先輩、部屋おらんわ思っとったらここにおったんか。もしかしたら受験勉強しに別の部屋行ってたんかも知らん。その腕には分厚い参考書やらノートやら、抱えとるし。あんなハードなマネ業の後に夜には勉強て、ほんまにすごいなあ。

「え、なんで?」
「いや初心者だし、運動部とか所属してなかったらしいじゃん。タイプも全然違うから、何でかなって。ただの興味本位」

ぼけっとしとったらその話が進んでいくのが聞こえた。……その先、聞きたないな。いや、気になるけど。加隈先輩、なんて答えんのやろ。嫌やな、もしもう辞めてもらおう思てるとか言われたら。……こんな所に立ち会うんやったら、家近いんやし普通に学校泊まらんで帰れば良かった。加隈先輩から合宿でちょっと内緒で夜更かしして話そう言われたから、そんならって思って泊まったんやけど、やめれば良かったわ。
少し後悔しつつ、それでもやっぱり加隈先輩の答えが気になってその場で立ち止まってしまう。


「つまらなさそうにしてたから」


そうして聞こえてきた言葉は、自販機の飲み物が落ちた音にも負けずにこっちまでしっかり届いた。……つまらなさそうにしてたから?

「どういうこと?」
「そのまんまの意味。玄関のとこに、まだ入学して間もない1年生の愛ちゃんがすっごいつまんなそうにして歩いてたから。話しかけた理由はそれだけ」
「言うても愛ちゃんいっつもおんなじ顔しとるやん」
「能面みたいよな、全然感情読み取れへん」
「双子はほんまに失礼をどこまでも貫くよな、それ本人に言うたらあかんやつやで」
「そんくらい分かっとるわ」
「ほんまかいな……」

部長と宮先輩の言葉には、特に銀島先輩が気にするような気持ちは抱かなかった。今までもよう言われとったし、自分でもそう思っとるし、自分はこうやて半ば諦めとるし。可愛げ無い後輩やろなって今更ながら改めて思う。そんな2人を気にせんで、買ったばっかりの炭酸水を勢いよく二口、三口飲んだ加隈先輩がまた口を開いた。

「あーあの子、つまんなそうにしてるなあって思ったらなんか、うちに来たら良いのにって思ったの。うちに来たら絶対楽しいもん、せっかく稲高来たんだったらバレー部見てけって思った」
「ホンットにひかりは超がつくほどバレー部バカだよね」
「ええやん、嬉しいやんか」
「あとはなんかピンと来たから、かなあ。そんで最終的に愛ちゃんの青春はうちの部が保証しますって言って勧誘した!」
「なんやねんそれ、お前青春させるためにうちの部来させたんか。勝つためにやってんのやぞコッチは。青春謳歌のためにここおるわけやないで」

部長のその声には聞き覚えがあった。マネージャーをやると決めた日に、生半可な気持ちなら辞め言われた時と同じやった。少しだけ足が竦む。

「当たり前じゃん、そんなつもりで言ったんじゃないよ。もちろん見学して、入ってみて、続けるかどうかは愛ちゃん次第でしょ。私だってそんな適当な気持ちの後輩なら既に切ってる。そんな人、要らない」

スパッと言い切る加隈先輩は上から睨みつけるように見る部長の視線もなんてことないらしい。下から同じように睨みつけるように部長に視線を返してて、それがまたちょっとかっこよかった。

「愛ちゃんね、勧誘した時に自分は初心者やから尚更ええわけないです、真剣な人たちの迷惑になりますって言ったの。バレーもなんにも知らないし、うちの部のこと見てもいないし、マネージャーがどんなもんなのかも知らないのにそこまで同じように真剣に考えてくれるなら、この子に私の後は任せたいなあって思ったの」

その証拠に愛ちゃん、みんなから見ても真面目で一生懸命でしょ?


「……まあ、今まで見学来とった奴らよりかはマシやな」
「そんなん言うてツムこの間愛ちゃんが休憩中バレーの解説本読んでるとこ見かけて話しかけようかソワソワしとったやん」
「なっ、んで知ってんねん!!」
「なんや不審者おんなあ警察呼ばなあかんわ思ったらツムやった」
「ハァン!?」
「えぇもう侑なんで話しかけてあげなかったわけ?愛ちゃん今頑張ってバレーの勉強してるんだから、なんか教えてあげたら良かったじゃん」

……まさか部長がそんなことしようとしてたなんて、知らんかったわ。確かにいっつも休憩中マネージャーの仕事の傍ら時々バレーの解説本開いて今の練習はとか、ルールはとか、見て頭に叩き込んでるけども。

「俺はいつ愛ちゃんて呼んでええんか分からんで、呼べず終いやな」
「ちゃん付けってなんか新鮮だよね。ひかりはひかりだし」
「なあにりんちゃん、ひかりちゃんて呼んでくれてもいいんだよ?」
「いやそれはちょっと」
「ハァン??」
「ひかり、侑と同じ反応やん」
「侑、治、夜なんだからもうちょいボリューム落として喧嘩して、うるさい。―まあ何はともあれ、愛ちゃんは真面目に頑張ってるし続けてくれると良いなって。あとはあれだなあ、もう少しなんでも聞いてくれたらいいんだけどね……私の教え方本当に大丈夫かな……」
「まあ自分から聞くようなタイプじゃなさそうだね。だから休憩中とかひとりで復習とかしてるみたいだし」
「やっぱり私頼りないかなあ」
「そんなことないで!ひかりはうちの部が誇る敏腕マネージャーやからな!」
「銀〜」
「今の言わせたようなもんだよね」
「黙りなりんちゃん」


―ぽたりと、涙が出た。多分気持ちが弱ってたから。そんな時に、先輩らの話はちょっと、沁みるやんか。
慌てて指先で顔を拭う。泣いたのなんていつぶりやろ。

「でもちょっと佐久早くんと似てるとこある、とか思うよ。あんまり自分から話題提供とかしないけど、話したらちゃんと聞いてくれるの。あとちょっと表情とか、」
「脳内お花畑過ぎるやろ、流石に愛ちゃんと佐久早くんは似とらんわ」
「フィルター何重にかけてんねん、そんなん言うたら俺も佐久早やな」
「ハァ?治のどこが佐久早くんなの?天と地の差じゃない?」
「俺が天か、知っとったわ」
「その法則でいくと俺も天やな」
「黙ってくれます?」


最終的に部長と、宮先輩と、加隈先輩の言い合いが始まって収拾がつかなくなり始めたのが聞こえてきたからそっとその場を抜け出した。ほんま仲ええなああの3人。

いつか、加隈先輩に私がマネージャーをやろうと思った理由を話せたらええな。加隈先輩が言ってくれた言葉がすごく嬉しかったから、先輩らのバレーに感動したから、ここならなんや変われると思ったから。そういうことをちゃんと言葉にして、伝えられたらええなあ。でもまだちょっと気恥しいから、今は黙っとこ。その代わり、この後加隈先輩と夜更かしするんやったらマネージャーについて聞いてみよ。ついでによう名前を聞く佐久早いう人についても、突っ込んで聞いてみたい。それから明日、バレーについては部長に質問してみよ。

そんなこれからを考えたら、沈んだ気持ちは涙と一緒にどっかへ引っ込んでって、明日からまた頑張ろて思えた。しっかりせんとあかんよな、やって私は稲荷崎高校男子バレーボール部の新マネージャーなんやから。




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