新入生とマネージャー 2
放課後んなって自信の無い足取りで体育館へ向かう。すれ違う人たちは大体活動が盛んな部活に所属しとる人か、どの部活に入ろかと盛り上がっとる同じ学年の人かが多くて、それがなんだか落ち着かない。……いつもやったらホームルーム終われば家に帰ろ、てひとり静かに玄関向かうからやな。

『男バレのマネージャー、まだ募集してるらしいで。やけどかなりキツくて、先輩らも厳しいって』
『あと宮兄弟とか目当てにしとった人らめちゃくちゃ怒られたとか聞いたんやけど』
『3年のマネさん怖いらしいな』
『ひとりで男バレマネやっとんのやろ?男好きなん?とか、ちょっと思ってまうよな』
『それな』

昼休みに小耳に挟んだそんな噂を思い出す。宮兄弟ってあの2人やんな、あの人ら目当てに男バレマネしたい人とかおるんか……まあ顔は良かったかもしれんけど、普通にちょっと怖かった印象が強いわ……。ほんでも上級生狙いで全国常連の部活のマネージャーは、務まらんやろ。そんなん、誰だって分かるもんやないの?加隈先輩も、そんな怖いイメージはなかったし、男好きとか、ただマネージャーやっとるだけでそれはないやろ。
やっぱり学校生活の噂なんてくだらんなあ、と思う。言われのないことばっかり先行して尾ヒレがついて人の間を通り抜けていく。そうして数日も経てばそれはすっかり忘れられて、また別の話題が駆け巡る。真偽の程はどうでも良くて、今この時オモロイと思うネタが欲しいだけやろ。
ほんでも少し、そのキツイと厳しいという言葉だけは引っかかっとった。そりゃ、強豪と言われるだけあるからそれなりの練習なんは予想出来るけど、それに私が着いていけんのかっちゅう、そっちの不安。ほんまになんで、初心者でバレーのルールも知らんような私に加隈先輩は声掛けてくれたんやろか。

体育館へ近づけばボールを叩きつけるような大きな音と、床と靴が擦れる音、掛け声が聞こえてきた。体育でちょっとバレーやったことあったけど、迫力が全然違うわ……。
扉前でそっと中を伺って呆然と立ち尽くす。どないしよ、加隈先輩は時間になったら体育館来てくれたら近くにいる部員が多分話しかけてくれるから言っとったけど、これみんな練習集中しとるから無理やない?

「あ!マネージャー見学するっちゅう、谷口さんやんな?」
「っ、はい」
「すまん、びっくりさせてしもた?俺3年の銀島いいます。ひかりから聞いてんで」
「谷口、愛です。今日はよろしくお願いします」
「ちょお待っとってな、今ひかり呼んでくるわ」

銀髪の、朝見かけた人が1番に気がついてくれてすぐ取り合ってくれた。良かった、と少しほっとする。多分それも顔に出てないけど。
体育館内は熱気で溢れとった。相当な速さで飛び交うボールには目を見張るばっかりやし、それ拾っとる向かいの人にも驚くしかない。腕どうなってんのや、もげるで普通。野太い声が一層迫力に拍車をかけて、その中に混ざる甲高い摩擦音が耳をつく。まだ4月やいうのにここにおる人の大体が汗をかいて、それを拭ってはボールを落とさんように必死に走る。

……一生懸命て、こういうことを言うんやろな


「谷口さん!来てくれたんだね!ありがとう!」
「加隈先輩、こんにちは」
「こんにちは!そしたらこっち行こう。流れ球には気をつけて」
「はい」

その後は体育館の端っこの方で練習を見さしてもらった。時折加隈先輩の解説とマネージャーの仕事についての説明を踏まえつつ見るバレーボールという部活動は何もかもが私にとっては真新しくて、知らん世界に立っとるんやなあってぼんやり思った。だけど同時に、全てがきらきら光って見えて、少しだけ憧れてしまった。やって、こんなに何かひとつのことを頑張れた経験なんて私には無い。何かにひとつのことに夢中になれたことも無い。自分の”好き”が何かさえ、多分私は分かっとらん。そんなんとは真反対で、ここにおる人らは今日の朝、私が絵に描いたような青春を送っとるんやろなあと思ってた人たちや。ええなあ、って思ってしまったら止まらんかった。キツイも厳しいも、それに対する不安さえもどっかいってしまう。ここにおったら、なんや変われるんやないかって思わされた。


『谷口さんの青春は、うちの稲荷崎高校男子バレーボール部が保証します!』


……やから、加隈先輩はああやって言ったんやろか


変わり映えのない毎日を送って、つまらんなあって思っとるんやったら、どこか諦めてんのやったら。ここで一歩踏み出してみたらええんちゃうか。ちょっとでも行動してみたらええやんか。……この人らみたいになれなくても、何か変われるかもしれへん。


「……あの、加隈先輩」
「はい!あっ、ごめん、説明多すぎた!?マネージャーの仕事大変そうに見えたかな!?いや実際大変なことは否定は出来ないんだけど、それでもやり甲斐はとってもあって、あと初心者でも私が教えるし……!えぇっと、だから」
「いえ、大丈夫です。解説と説明は的確で分かりやすかったので問題ありません」
「アッ、はい、それは良かったです……!」

これでも人生で今までにないくらい、稲荷崎高校男子バレーボール部という部活動の場に割と感動しとるつもりやったけど、やっぱりそれは顔に表立っては出てないらしい。きっといつもの無表情のまんまなんやろな、加隈先輩が慌ててるんは私の感情が読み取りにくいからやと思う。だったらちゃんと、言わなあかんよな。いつものように人付き合いが得意やないからと逃げてばっかやあかんよな。

「マネージャー、やらしてください」
「えっ」
「バレー部の練習、今日しか見とらんし。私初心者ですけど。ほんでも、こんな一生懸命な人らのサポートできる機会なんて多分この先一生ない、と思って……」

言うてる途中にちょっと自信なくしてきて、尻すぼみになってまった。でも意志だけは、勢いもあるけど、しっかりある。撤回をするつもりもなかった。
ちらりともう一度、なんにも言わん加隈先輩を見る。そしたら目をまん丸くしてこっち見とった。あ、なんやちょっとその目潤んでる。泣きそう、やな……え、なんでなん?
そう思った瞬間、加隈先輩は首に引っ提げとったホイッスルを思いっきり吹いた。それはもう、腹から全ての空気をそのちっさい笛に吹き込みましたいうくらいの、何よりも響き渡る音やった。あんまりにもおっきいからさすがの私も驚いて目を丸くしてしまう。なんやねん、今日は加隈先輩に表情筋動かされっぱなしやわ。当社比ってやつやけど。
それを合図に誰かが集合!と声をかけたのが聞こえた。え、と思った時にはもう体育館中に散らばっとった部員が私たちの所へ駆け足で集まってきとって、気がついたら目の前には屈強そうな男の人らが並んどった。圧がすごいな……これらをひとりで纏めてる加隈先輩、何者なん……?

「練習中断失礼します!マネージャー、見つかりました!!ので、紹介させてください!1年生の、谷口愛ちゃんです!」
「!?」
「シアース!!」

再びの突然、なんやけど。加隈先輩無茶振り過ぎるやろ。今日一日で結構な振り回され具合なんやけど。
ぎょっとして加隈先輩の方向いたけど、間髪入れずに部員の人らに頭下げられてそっちにも同じ顔して視線を向けるしかない。……さすがに私の表情筋は今回も動いてたらしい。宮兄弟っちゅう先輩らが加隈先輩に突っ込んでたのがちょっとありがたかった。

「……谷口愛です。完全に初心者なんで、足引っ張ることも多いと思います。ほんでも、責任もってやらしてもらいます。よろしく、お願いします」
「というわけで、明日朝練からとは言わないけどとにかく放課後から来てもらいます!初心者なのでもちろん私がイチから教えるけど部員のみんなもお手柔らかにお願いします!以上です!」

時間ありがとうございます、練習戻ってください!


加隈先輩の一言でまたサッと部員の人らは各コートに散らばってった。……いやほんまに加隈先輩、かっこええな……男所帯の紅一点でもキッチリ仕切って、マネージャーの仕事でもあっちこっち動いてて。……そんな風に、私もなれるんやろか。

「愛ちゃん、先に部長紹介しておくね。宮侑、私の幼なじみ。あっちの銀髪が宮治っていうんだけど双子なの。その片割れが部長。なんかコイツに言われたりされたりしたら言ってね、私がどついてやるからね」
「聞こえ悪いわ、こんな可愛ええ子にいじわるするわけないやろ?」
「胡散臭っ。キャラ作りすなや」
「喧しいわ、先輩ヅラして調子のんなや」
「は?」
「愛ちゃんよろしくな〜部長の宮侑です」
「あ、はい。明日からお世話になります」

ぽんぽん目の前で進む会話には到底着いていけへん。辛うじて挨拶だけは返しておく。……そもそももう名前呼びなん……?

「侑、暫くは放課後からでいいよね」
「マネージャーんことはお前に任しとるやろ、好きにせえ」
「了解。じゃあ愛ちゃん、明日からのこと改めて説明するからちょっと端っこまた行こっか。監督とコーチにも後で挨拶しよう。今まだ来てないから」
「分かりました」
「愛ちゃん」
「っはい」

宮侑、と名乗った部長さんに名前を呼ばれた。その視線の先におった部長の空気はさっきとは全く違って、ピリッと刺さるようなもんやった。大事なことを言われることはすぐに分かったから思わず姿勢を正す。

「うちは全国制覇以外、目指してるもんなんかない。そのための練習を毎日やっとる。生半可な気持ちでマネージャーやる言うてんのやったら、今すぐ辞めぇや」

目が、朝の加隈先輩と同じや。真上から見下ろすように突き刺さっている分その迫真さは部長の方が強い。……けど、私やってそんな気持ちでここにおるわけやない。

「はい、しっかりやらしてもらいます」

そう返すのが精一杯やったけど、少しでも自分の本気が伝わるよう願ってその目から逃げんようにしっかり見返した。部長はあんまり感情の籠ってない少し冷たい笑顔だけ残して練習に戻ってった。……明らかに信用されとらんな、まあ最初やし仕方ないか。

「ごめんね、威圧的で。今まで見学しに来てた子たちがちょっとね。まあ予想通りって感じの子達で」
「噂は少し聞いとったんで、何となく分かります」
「そっか、まあでも愛ちゃんにならって私は思ってるから。侑もそのうち分かってくれると思う」
「はい。加隈先輩これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね、愛ちゃん」


握手!と差し出された手をそっと握れば倍以上の力でぎゅっぎゅっと握り返される。その手はあったかくて、少しだけ乾燥しとった。




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