新入生とマネージャー 1
つまらんなあ、高校も大して変わらん、学校なんて所詮こんなもんやんな

そうやって冷めた目で賑わっとる校内を歩く。稲荷崎高校へ入学して2週間と少し経った今も私の目は虚ろやった。
特別仲がええ子がおるわけやない、ただ家の近くにあったからこの学校にしたというだけ。中学やって友達はそう多くなかったし、私自身があんまり人付き合い得意やないし、表情筋は死んだも同然の顔しかできひんから一人でおることの方が多かった。その方が楽やった、ともいえる。たまにグループワークとかがあると、ちょっと困るくらいで。
部活もほぼ帰宅部同然のヒマそうなところに所属しとったし、高校もそんな感じで過ごすんやろうなと新入生を勧誘しとる先輩たちを横目で見て通り過ぎていく。朝からまあ、ご苦労な事で。ここにおる人たちはみんな、絵に描いたような楽しい高校生活を送るんやろうな。私には無縁のものやわ。その証拠に私に声かけようとする人なんかおらんし。多分見た目から見抜かれとんのやな、興味ないって。ほんまのことやけど。高校は部活所属しなくてもええはずやから、そのあたりは中学よりか楽かもしれんなあ。

「ちょっと待って!!あの!」
「!?」

ぼうっとそんなこと考えとったら突然後ろから腕を掴まれた。それもかなりの勢いで。当然後ろによろけるし転びそうになるし、驚きもした。なに、なんやねん。パッと後ろを振り返ると息を切らした、おそらく上級生と思われる人が思いっ切り私の腕を掴んどった。結構力強くて、ちょっと痛い。……なんやろ、急に、というか誰やねん……。
そう思っとっても私の表情は変わってない、と思う。だから多分ぼーっとしてるように見られてるか、態度悪い新入生に見られてるかのはずやけど、目の前の先輩は相変わらず肩で息しながら目を輝かせて私を見つめとった。……変わった人やな。

「あの!新入生、ですよね!?」
「はぁ、まあ……」
「部活、決まってますか!?」

……部活……?この人私んこと、勧誘するつもりなんやろか。言われた言葉を飲み込むのに時間がかかって目を瞬いてしまう。ちゅうか、そもそもこの人何部の人やねん。あとなんで標準語なん?ほんでもって、なんで私に声掛けたんや……?

「いえ、決まってない、ですけど」
「ほんと?あのもし、少しでも興味があったら放課後体育館来てくれませんか!?」
「体育館……」
「あっ私男子バレー部のマネージャーの加隈ひかりといいます!3年です!お名前は!?」
「谷口愛です……あのバレー部って」
「えっと、今私男子バレー部のマネージャーを募集しててね、それで声をかけさせてもらったのですが……!」

男子バレー部?あの、バレーボールのこと、やんな?稲荷崎の男バレは全国常連校で地元じゃ有名やし。この人そこのマネージャーさんなんか……なんやにこにこしとって、細いし、そんな激しい運動部に所属しとるようなイメージ全然つかんな……。マネージャーやから運動するわけやないんやろうけど。
それでもなんで私に?っていう疑問に立ち戻る。全然運動しとるような見た目でもないし、運動部でマネージャーやるような雰囲気なんかミリもないやろ。自分のことは自分がいっちばんよう分かっとる。やからなんで声かけられたのかが分からん。……なんか、企んでんのかこの人……。
訝しげに目の前の加隈先輩を見た、つもりやけど案の定それが表立って出てくれない私の顔を見て、加隈先輩は相変わらず期待に満ちた目を向けとった。

「部活決まってないなら、今日放課後体育館来てみてくれませんか?」
「……いやでも、私バレーボールとか、わかりません」
「いいの、初心者でも全然大丈夫!確かにうちは強豪で夏も冬も全国大会行くんだけど」

え、もう全国大会出場決定してるん?と驚いたけどこんな4月の時期から、少なくとも冬の大会まで出場が決まってるわけないわと思い直した。それでも加隈先輩は行くと言い切った。それは今までの実績があるから、それだけの実力があるから、そしてそれを信じて疑わないんやな、この人は。

「……なら、尚更、ええわけないです。そんな真剣にやっとる人達に迷惑になります」

稲高男バレの噂は交友関係が広くない私でも、地元民としてよう知っとるし。それをサポートして全国大会へ行くと言い切るこの先輩も絶対に毎日真剣に部活に取り組んどることは簡単に予想がつく。やったら、そんな中にポツンと初心者がおってええわけないやろ。だってサポートやろ、先回りしてなんでもやらんとならんのやろ。そんなん、責任重大やん。

「……谷口さんがそう言ってくれるなら、ますます私、一緒にマネージャーやって欲しい」

じっと、真剣な目で捉えられた。思わずその目を真っ向から見返してしまう。それくらい強い視線に言葉も出なかった。

「まだ入部はもちろん、見学さえしてないこの時に、そうやってうちの部のことを言ってくれる人になら、私は私の後を任せたい」

どうかな、見学だけでもバレー部覗いてみない?


最後にそう言われたら、はいって言う以外の選択肢はなかった。なんや雰囲気に呑まれた感じもあるけど、ほんでも初対面で私に自分の後を任せたいとまで言い切った先輩の言葉が心に響いたのは確かで。

「分かりました……とりあえず、見学、だけ。お願いします……」
「本当!?ありがとうありがとう!!嬉しい!そしたら、私クラスまでお迎え行くから」
「や、ええですそれは。大丈夫です。ひとりで体育館行けます」
「大丈夫?あっじゃあ念の為連絡先交換しようか」
「あ、はい……」

あれやこれやと話がとんとん進んで連絡先交換にまで至る。……そういや、高校入って初めて同じ高校の人と連絡先交換したわ……。同級生でもなく、先輩が初めてなんは予想外すぎる。そもそも高校3年間で片手で数えるくらいしかきっとこんなんせんのやろなと思っとったくらいやのに。

「できた!」
「はい」
「じゃあまた放課後連絡するね!ジャージとか最初は要らないから制服でいいよ!」
「分かりました」

谷口さん、と名前を呼ばれて画面から視線を上げると嬉しそうに笑っとる加隈先輩。


「谷口さんの青春は、うちの稲荷崎高校男子バレーボール部が保証します!」


大きく笑って言われた言葉に目を見張る。……おもろいこと、言う人やなあ。


「ひかり、何やっとんねん先行くで」
「ひかりちゃんはナンパが得意技ですかぁ」
「変なこと言わんでくれます!?ナンパやなくて、新入部員勧誘やわ!!」
「……」

遠くから加隈先輩に絡む大きな声が聞こえてそっちを向くと、同じ顔した銀髪と金髪の背の高い人たちがおった。その後ろにも同じく上背のある男の人が2人続いとる。多分あれ、たまに名前聞く宮兄弟、やんな……そうするとその後ろもバレー部の人やろな。初めてバレー部の人ちゃんと見たけど、流石にガタイええな……ちゅうか、なんやガラ悪いっちゅうかチャラいっちゅうか、怖いな……。

「それじゃあまた放課後!待ってるね!」

そう言って笑って加隈先輩は男の先輩達の方へ駆けて行った。ちらりと私を見るその先輩たちの目がちょっと怖くて、会釈して誤魔化す。あんな人らがおるん、知らんかった。

……やっぱり行くの、やめよかな。




- ナノ -