恋する乙女、マネージャー
3年生が引退して数日経った今日、放課後練に行けばマネージャーであるひかりさんの様子がちょっと違った。ひかりさんは基本いつもニコニコしとるからそこは変わらんのやけど、なんやろ、いつも以上にテンション高いっちゅうか足取り軽いっちゅうか。
ひかりさんは後輩の俺らんことを可愛がってくれとって、ほんまに1年にとったら頼もしい先輩のひとりと同時に姉ちゃんみたいな存在でもある。休憩時間とか学校で会った時とかしょっちゅう話しかけてくれるし、親しみやすくてなんかあった時も小さいことでも相談しやすい。実際何人かは部活で悩んでることをひかりさんに零すこともあったみたいやし。俺はまだそういう話はあんましとらんけど、この間の春高のサーブの一件を引き摺っとったらもしかしたらちょっと話しかけとったかもしれん。それか多分ひかりさんが何となく察してなんも言わずに隣いてくれたんかなとも思う。一度だけ、調子の悪かった時の治さんの横にちょこんと黙って座ってたところを見かけた。先輩である宮兄弟のふたりとは幼なじみやいうから出来たことなんかも分らんけど、ああいう風になんも言わんでただそこに居てくれるってええなあ思ったんを覚えとる。


「なんや今日、ひかりさんテンション高ないか?」
「……言われてみれば、せやな」

アップをしながらそう話しかけてもっかいひかりさんを見た。いつもならニコニコしつつももうちょいピリッとしててもええんやけど。相変わらず今日もあっちこっち走り回りながらドリンク用意したりタオル用意したり、ビブス持って来たり、俺らんために奔走してくれとるけどなんっかやっぱ、雰囲気がこう、いつもの感じやないんよな……。

「なんかええことでもあったんちゃう」
「でも珍しいやん、ひかりさんいつも部活中もうちょい顔つき変わるで」
「試合の後ひかりさんがふわふわしとんのかわええよな」
「ちょっとわかるわ」
「試合の前髪結んで気合い入れてベンチ入ってくんのもええよな」
「それもわかるわ」
「何お前ら、今更ひかり狙い?」
「あっ角名さん、治さん」
「ちわっす」

同じクラスのスタメンふたりが揃って体育館に入ってきて同じくアップをし始める。まだ部活はちゃんとはスタートしとらんし、まあ多少雑談しとっても怒られんやろ。先輩たちも加わる気みたいやし。そう思って今思っていたことをストレートに聞いてみれば角名さんも治さんも笑っとった。

「ほんま顔に出すぎやろ」
「わっかりやすいよね」
「やっぱなんかあったんですか?」
「あー」
「佐久早と連絡とれたんやと」
「わー言っちゃうの」
「別にええやろ、ここに知らんやつおらんし」
「後で怒られても俺知らないから」
「あいつが怒ったところでなんも怖ないわ」

佐久早、と聞いて春高3日目のことを思い出す。駅へ向かうバスに部員全員が乗り込んだ直後、突然走り出した先輩は他校のエースの所へ真っ直ぐ向かっていった。バスの中はそれはもう騒然としたし、幼なじみである侑さんと治さんなんか立ち上がってはァ!?と叫んでからバス降りようとしとったもんな。はよどけや、見に行くで!なんも聞いとらん!なんで佐久早と、といつも喧嘩しとるふたりが一致団結してたんはちょっとおもろかった。ひかりさんやっぱ大事にされとんなあと思って、実際にあそこに乗り込んだらどないなるんやろとソワッとしたのは俺だけやないはず。やけど北さんに名前呼ばれたらもう侑さんも治さんも為す術なくて、ピタッと動きを止めてウッスと席へ戻っとったけど。ほんで北さんと一緒にバスに帰ってきたひかりさんの頬が薄ら赤くなっとって、いつもと全然違うひかりさんの一面を見た俺らはまた驚いた。その後試合の後泣いてたひかりさんと井闥山の佐久早がたまたま出会したのがきっかけらしいと噂で聞いた。ひかりさんが泣いたとこなんか俺ら1年は見たことないからそっちにもびっくりしてしまったんやけど。
そんなこんなで俺らの姉ちゃんみたいな先輩はいつの間にかすっかり恋する乙女になっとった。今も周りに花が飛んでるようなふわふわしとる雰囲気で出席とりまーす!と声をかけてる。

「ひかりさん、嬉しそうですね」
「浮かれすぎやな」
「理石、ひかり落とすなら覚悟しといた方がいいよ。今もうあんなモード入ってるし」
「えっ、ちゃいますよ!ちょっといつもと違うなあ思っただけですって」
「慌てすぎ」
「遊ばれてんぞ理石」

にやにやと意地悪く笑う角名さんと呆れたような顔の治さん。この人らもよう可愛がってくれるけどひかりさんとはまた別の種類のそれや。くそうとそろそろおしゃべりも止めてアップ集中するかと黙って前を向く。が、同期が隣からまた会話を投げかけた。

「でも、最初っから遠距離ですよね?」
「なんやお前は本気なんかい」
「そういうんやないんですけど、純粋に遠距離から始まる恋愛ってツラないのかなって」

ぐぐーっと身体を前に倒しながら言ったその一言に俺もたしかに、と思った。兵庫と東京という距離で、試合会場以外で会う機会は高校生の俺らには無いに等しい。ましてやお互い強豪校でバレー漬けの毎日なんは変わらんし。連絡取ってるっちゅうても、限度あるやろし。

「あー多分、ツラいとかの前に話せてる事実がね、ひかりにとっては嬉しいからね。今は距離とかそんな関係ないんじゃない」
「……佐久早も、満更でもなさそうやしな」
「えっ、そうなんですか」
「じゃあお前らは他校のマネから連絡先聞かれたら、なんも思わずにいいよっつって連絡とる?」

しかも初対面はインハイ決勝後、大泣きしてる負かした高校のマネージャー、2回目は俺らにとっちゃ初戦の負けた試合の後でやっぱりそこでも大泣きしてる女子だよ

ほんでもってタオルまで渡したやつやで


井闥山のエースがタオル渡したいう話までは1年の間では聞いてない。いやもうそれは、完全になんとも思っとらんとかありえへんやつやん。

「……ほんなら尚更、なんていうか、アレですね。姉ちゃんとられたみたいな気ぃになりますね」

あかん、思わずポロッと本音が出てもうた。そう思ったけど意外にも角名さんと治さんは弄ってきたりはせえへんかった。隣におった同期もそれやな〜とのんびり返してくる。

「あぁ、そういうね。ひかり、1年のこと可愛がってるもんな」

姉離れしないとじゃん、とまたにやにやと揶揄うような顔を向けられた。結局弄るんかい。

「先のことなんか分からんやろ」
「治もちょいちょい突っかかるよね、侑ほどじゃないけど。やっぱ心配なの?」
「別にそんなんちゃうわ」
「こっちはこっちで幼なじみ離れできてないのかよ、ひかりも大変だな」

おい角名今のは聞き捨てならんわ
ホントのことじゃん

今度はやいやい先輩らが言い合いしとってもう俺らの入る隙はない。そもそもその内容が不毛すぎる。侑さんも治さんも、ひかりさんのことなんやかんや言いながらも家族のように大事にしてるんは、この部活にいるやつなら全員知っとる。やからこそ、突然井闥山のエースとひかりさんがってなったから気になっとんのやないかなって勝手に俺は思っとる。ふたりとも前にひかりさんらが出会したことも知らんかったぽいしな。血が繋がった兄妹とかやないからこそ、ちょっと寂しいとかそういうんもあるんちゃうかなって。

「平介〜!」
「はい!」

いつもより幾分か明るい声で名前を呼ばれて大きく返事をする。今日の部活はいつも以上に明るい雰囲気漂いそうやわ。やってひかりさん、あんなに幸せそうやからな。




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