オタクはイベント事が好き

4月1日エイプリルフール!このイベント、やないな、この風習に肖っていろんな二次創作が流れてくるからええ日やわ。もともと海外の風習らしいけど今となっては世界中で、大企業までもがそれに乗っかって広告商法しとる。やけど日本ほどオタクいう分野で盛り上がることはないやろな。今朝なんてめっちゃハマっとるソシャゲから作中に出てくるバイクみたいなんが発売されるいうエイプリルフールネタの記事上がっとったん見たもんな。ほんまに最初騙されたわ、これあったらあのキャラのコスプレ捗るやんなんぼするん!?て最後まで読んどったら嘘です書かれとった。朝から笑かしてもらったわ。さすがサブカルの国、日本に生まれてよかった。オタクしてへん生活なんて考えられへん。やっぱオタ活楽しい。
ほんで今は某イラストコミュニケーションサイトとか個人サイトとかに新たにアップされたり、タイムラインにリツイートされて流れてくるいろんなジャンルのいろんな二次創作見てニヤニヤしとる。だってさあ、夢視点で考えたら推しにきらい、とか言って嘘好きみたいなんで楽しめるわけやん?BLとかGLとかNLやったらさあ、推しカプのラブラブイチャイチャしとんのを見て楽しめるわけやん?学園モノやったらキャラたちのワチャワチャ見て微笑ましくなったりするわけやん?えぇ、もう何それ全部眼福やんな。神の溢れる国、日本。八百万の神。公式と、二次創作の神々の存在に感謝。拝み倒すわ。オタクの生きる活力をありがとう。

「今日はなんなの、さっきからニヤニヤキモイよ」

声には出さずに、込み上げる溢れんばかりの好きはキツく閉じた唇で一生懸命堰き止めてたつもりやったんに、どうやら他人から見たら全然抑え込められてへんかったらしい。珍しく部活が休みやからと私の家に遊びに来てくれた倫太郎にズバッとキモイ言われた。彼女に対してキモイとかひどない?って思うことなんか、ほぼない。だってほんまにキモイもんな、分かるで、オタクマジでキモイよな。でもな、こんなもう推しとか推しカプとかの素晴らしい二次創作見てどうやってこの高まりに高まった感情を処理すればええんか分からん。まだ声に出して暴れ回ったりしてへんあたり褒められたいんやけど。いやさすがに倫太郎の前でもそんなんできんし、せえへんよ。

「やって、今日八百万の二次創作の神々が」
「なんて?」
「やから、今日エイプリルフールやから、いろんな人がいろんな新しい作品アップしとってな、いっぱい新作見れる日なんやて」
「あぁ、エイプリルフールか」
「はァ〜日本に生まれてよかった〜!オタクで良かった〜!八百万の二次創作の神々の存在に感謝……」
「ちょっと意味が」

そう言いつつも困惑するような顔はもう見せたりせえへん。倫太郎と付き合ってもうすぐ1年くらい経つから、その間段階を踏みつつ、それでも容赦なく見せられてきたオタクの生態に最初こそ驚かれたりしたけど、今や流すという術を身につけとった。私の彼氏順応性高すぎん?そんでもってそれでも一緒におってくれるん、それこそ神やんな。

「どんなの見てるの」
「うーんと、あ、これなら倫太郎も大丈夫かも」

今倫太郎と一緒にハマっとる少女漫画のエイプリルフール小ネタを作者さん本人が上げとったからふたりして画面を覗き込んで読む。普段ツンツンしとるちゅうか、クールみたいなキャラがヒロインに振り回されるドタバタラブコメ系なんやけど今日の小ネタは逆やったから余計にすき……ってなったやつ。吹っ掛けたんはヒロインの方なんやけど、最終的に彼氏の方から仕返しされとってほんま可愛いカプやんな。もうずっとイチャイチャしとってくれ。

「かわいい〜!めっちゃかわいない?」

きゃー!と思わず倫太郎の肩に引っ付いて悶える。ぐりぐりほっぺた押し付けるようにしとったらなるほどね、と声がした。
あ、月バリ読んどったんやなと倫太郎の手元が視界に入って気がつく。バレーのルールやポジションは、倫太郎の試合を観に行くことが増えたから結構この1年で理解したつもりやけど、まだまだどのチームがとか選手がとかまでは分からん。ほんでもその雑誌に載っとる写真にはちょっと興味があった。……主にカメラ技術の方で。当たり前やけど、雑誌に載せるくらいやもんなあ、めっちゃええ写りなんやけど、動きを確実にええ角度から捉えてんのがな、プロやなあ思うねん。私が撮る倫太郎の良いショットはまだまだ少ないから、もうちょいカメラ技術上げたいんよなあ。やっぱレンズ買うしかないんか、いやでも高いんよなと考えていたら名前を呼ばれる。

「千尋」
「なん?」
「俺さ、もうオタク趣味にはついていけないんだよね」

ピシッと、世界が割れる音がした。あの、ほら、よく漫画とかアニメであるやんか。アレ。血の気引いたって表現も、こういうことかって思うくらい自分の体温がなくなっていく感覚がする。
……どないしよ、なんも、言えへん。待って、今、倫太郎なんて言ったん。
上手く息が吸えへんくて、目を見開いてすぐそばにある切れ長の目を見返すしかない。


だって、それってもう、一緒におりたくないいうことやんな……?


「動揺しすぎ」
「ぇ」

小さく吹き出した倫太郎は、そのまま肩を震わせて笑い出した。声に出してまで笑う倫太郎、ちょっと珍しい。やなくて、なんなん、なんでそんな笑ってんねや。そこまで困惑してハッとする。

「嘘なん……!?」
「自分で言ったんじゃん、エイプリルフールって」

千尋の絶望顔、さっきのニヤけたキモイ顔よりヤバイと言ってまだ笑っとる。……コノヤロウ、嘘か、嘘なんか。アレか、二次創作でよく見るやつやんな。なんやねん、第三者やったら全部が全部可愛く見えるんに、全然おもろない。しかも、こんなド定番で騙してくるとか、意味わからん、ほんま。

「え、待って、ごめんって」

今度は慌てふためいて捩っていた身体ごと私の方へ向けてくれた。ぼたぼた流れてはほっぺたを濡らしていく涙を制服のセーターで拭われる。……セーター、吸水性なんてゼロやから全然拭えてないけどな。肌にザリザリ擦れる感じいややねんけど、そんなんも言えずにただただ泣いとった。

「……ほんまにうそ?」
「嘘だって。ごめん、泣くとか思わなくて」
「だって、あんなん、もう別れよ言われとんのと一緒やん……」
「悪ノリし過ぎた、ほんとごめん、泣き止んで」
「泣かせたん、角名やんかあ」
「……苗字呼びはさすがに堪えるから」
「うぅ」

結局ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、その腕の中で静かに泣いとる私。どんな図やねん。なんでこんなんなっとんの。
やけどびっくりしたんやもん、1年近く付き合っとって、少しずつ進んできてほんまに倫太郎が大好きやって思っとって。ほんでも趣味は趣味で好きやってん、倫太郎だから許してくれる思っとったし素のままでおったから。だからそれ見て幻滅したんかと、思うやん。調子乗りすぎたなとか思うやん。

「倫太郎やから素でおったん、幻滅された思ったやん……トラウマなるとこやった……」
「してないし、素でいてよ。それ含めて千尋でしょ、別に趣味とか関係ないって何度も言ってる」
「だから余計やんか……!」
「いやだからエイプリルフールでも通じるとか思っちゃったんだけどね?」

えぇ、何それ。なんやそれだと私が倫太郎のこと信じてないみたいやん。そんなつもりないねんけど。

「そんなん、そうかもしれへんけど、オタクは基本割とネガティブ寄りやねん、繊細やねん、取り扱いには注意してや……!」
「トリセツかよ」
「せやで!もう、あかん、ほんまに泣いた」
「メイクちょっと落ちてるしね」
「見んといて」

こんな近距離で覗き込むように見てくる倫太郎が憎たらしい。多分アイラインがちょっと滲んどるんやないかなと思うんやけど、見られたないわ。いやや、と押し返そうとしたけど男の人の力にかなうわけもなく、抱きしめられたまま一緒に倒れ込んだ。

「ついこの間まで推しの誕生日で騒いでたのに今日はエイプリルフールで、忙しいねオタクは」
「せやねん、オタクはイベントとなんとかの日に弱いねん」
「弱いっていうか、肖りまくってるだけじゃない?」
「……そうとも言う」

倫太郎がまた笑って、私の目元を指でなぞって涙を掬う。もう泣き止んどるんやけどまだ残っとったらしい。

「止まった?」
「……ん」
「千尋、仲直りしよ。千尋がいつも見てる二次創作だと最後どうなんの」

倫太郎は私が恋愛ものの漫画とかアニメとか、それこそ二次創作とかを勝手に参考書みたいにしてるとこあるのを知っとるから聞いてきてんのやろな。いつもなら夢見すぎとか言うくせに、こんな時ばっかり。ご機嫌取りか。でもそんなのでさえきゅんとしてしまうんは相手が倫太郎やからなんやと思う。

「……いちゃいちゃしよる」
「……それ、都合のいいようにとっていい?」

その意味が分からないほど純情でもないけど、それをそのまま肯定できるほど積極的な女の子でもない。伺うように倫太郎の目を見つめて伝われと念じたけど、黙ったままや。どうやら私の彼氏は言葉にしてほしいらしい。

「……倫太郎のすきにしてええよ」

それが合図やったみたいに、ぐるんと勢いよく押し倒された。……目が、おとこのこや。多分私も、おんなのこの目、しとるんやろな。

「今日、親は」
「……おらんから、誘ったんやけど?」
「もう、ほんと、そういうとこ」
「なに?」
「なんでもない、ハナマルだよ」

そう言うて近づいてきたから、私もそっと目を閉じた。軽いキスはすぐに深いものに変わる。満足いくまでしたらしい倫太郎が一度唇を離した。

「さっきの本当に冗談だから。エイプリルフールに俺も肖っただけ」
「……ほんまに見限られたかとおもった」
「嫌いって冗談でも言いたくなかったからあっちにしたんだけど、大打撃だったね」
「そりゃ、そうやん。同義やねん、私にとったら。ちょっとまだ気にしとるもん」
「じゃあ何回でも言うから聞いて。別に俺は趣味どうこうで千尋と別れるとか、この先も絶対ないから」
「……倫太郎、すき」

やっぱりこの人の前では、仮面被ってたくないなあ、ほんまにすきやなあって思ったら止まらんくて、珍しく私から唇を寄せた。こういう時、その場の雰囲気にのまれてでしか、まだ自分からはできんのやけど。そんでも倫太郎がまたやさしく笑ってくれるから。

「あれやんな、俺がどれだけお前んこと好きか身体に分からしてやる言うやつやんな。BLと二次創作やったらそこまでがセットやで」
「……ねえ、雰囲気ぶち壊しにきてるのなんなの」

待ってこそばい、あかん、ごめんて!
ダメ、許さない


脇くすぐられて、子供みたいにきゃあきゃあ騒いで、ふたりで笑って。ほんでまた抱き合ってキスをした。

……リアルのエイプリルフールも、悪ないなあって言葉はいつもの如く口には出さんで胸の内に仕舞っとこ。




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