非オタ彼氏のひとりごと

最近彼女ができた。毎日部活部活で忙しいけど、バレーのために稲荷崎に来たから大きな不満はもちろんない。それでも学生らしく気になる女の子とかは普通にできるわけで、結果そんな子と付き合えるってなったらやっぱりうれしいじゃん。だから今回は俺のちょっと変わった彼女の話をさせてもらおうかなって。自分でも思ってる以上に浮かれてるんだと思う。許して。

きっかけは本当に些細なことで、どこにでもあるようなそれこそ千尋の言う少女漫画みたいな感じ。ただ2年になってすぐに同じクラスになった子がたまたまちょっと好みな顔してた。それで見てたら休み時間にいつも一緒にいる友達と笑ってる顔が可愛いなって思ったっていう本当にありふれた理由でただのクラスメイト、からちょっと気になる子、になった。だからと言って別にすぐに付き合いたいとか、本当に好きだから告りたいとか全然なくて、最初は何となく見てるだけだった。たまにバレー部のいつものやつらと誰が可愛いみたいな話になるときにちょっと名前は出したりしたけど。治はピンときてなかったみたい。そんな子もおったなあ、くらいだったような。たしかに千尋はクラスで目立つ方じゃない、むしろちょっと大人しめな方だし。でもさらさら靡く肩先で揃えられた髪とか、くっきりとした目鼻立ちとか、化粧っけのない顔だとか、整った唇とか。それでたまに授業中に眠そうにしていたり、教室の端っこで友達と笑っていたり。そういうのを見るのが俺は結構好きだった。

転機が訪れたのは名古屋に帰省した時。滅多に帰らないもんだから、妹がそんなに歳が離れてるわけでもないのにお兄ちゃんと言っては話しかけてくる。なんだかんだ可愛い妹だな、と普段離れているせいかそこまでうざいとも思わずにハイハイと聞いていれば見せられた1枚の写真。所謂コスプレイヤーが映った画面を見せてきてすごくない?と一言。

「…なにこれ」
「最近ハマったソシャゲがあってね、それのね、レイヤーさん」
「全然わかんないんだけど」
「いいから見てよ、これが元キャラなんだけどね、このキャラもイケメンじゃない?」
「キャラがイケメンって何…いつの間にオタクになってたわけ…」
「オタクが悪みたいに言わないでくれる!?」
「わかったって、俺には知らない世界だから理解できないかもって話」
「もー」

そういえばちょっと不満気な顔していたけど気にせず携帯をいじっては見せてくる。本当いつの間にオタクになってたわけ。実家出た時そんなじゃなかった気がするんだけど、俺が知らなかっただけかな。まあ妹がオタクだろうがなんだろうが別にいいんだけどさ。
でも確かにすごいな、クオリティ高。全部化粧とかで何とかなるもんなの?服とかヅラとかどうしてるんだろ。

「それでね、最近好きなのはこの人なんだけど」
「まだ続くの」
「見てほら、コスプレしてる時はこうなのに普段はこんな感じなんだよ!全然違くない?すごいよね〜」

元も可愛いよね、この人。言われて見せられたコスプレをしていないときの写真を見てびっくりした。だってこの人、いつも教室にいる松田じゃない?

「…ねえこの人のアカウント教えて」
「え、何急に」
「なんか、知り合いに似てる」
「えー!?」


それからは別の意味で千尋を目で追いかけるようになった。多分、いや確実にこのアカウントの持ち主は松田で間違いないだろうなって思いながら。そっか、松田ってオタクだったんだ、それも結構マジな方の。だってコスプレとかって相当じゃない?俺知り合いにコスプレイヤーとかいないしそもそも見たことないんだけど。それこそ文化祭とかでやるような適当に衣装買ってやりました、みたいなのしか知らない。
画面の中の千尋はキラッキラの笑顔でキメていて、そんな顔は教室では当たり前だけど見たことがなかった。しかもちょっと気にして見ていてもオタクってことは言われないと一切分からないなとも思った。いつも一緒にいるやつらもそんな感じしないし、もしかしたら言ってないのかもしれない。そんな風に考えてたら次の転機が訪れた。席替えだ。

そうして偶然なのかなんなのか、千尋の隣の席を引いた俺はまたひと月くらい普通のクラスメイトとして接した。やっぱり千尋は自分から何かをするタイプじゃないみたいで俺との会話も最低限。俺も自分から話しかけてどうこうとかあんまりしないから本当にただの隣の席になったクラスメイト、の域をでなかった。でも元々ちょっとタイプかも、って思っていたし本当にあのコスプレイヤーが千尋か聞いてみたくなった。

「これ松田じゃない?」

ただのクラスメイトを打破したあの日の千尋の顔は忘れられない。正直すっごく面白かった。あんな狼狽した千尋、初めて見たからね。松田そんな顔もするのって思ったらこの千尋の秘密を知っているのは俺だけでいっかって思った。ネタにするとかそんなんじゃなくて、ただ気になる女の子と秘密の共有をしているってことが、何となく優越感を感じたんだと思う。誰に対してだよって今なら自分に突っ込んじゃうけど。
そんなこんなで知らない一面を持つ千尋を見ていたらいつの間にか気になる女の子は好きな女の子に変わってた。決定打は部活の帰り、普段と全然違う千尋を見たからだと思う。制服でもないナチュラルメイクでもない、可愛い服を着ていつもより大人っぽくて濃い目のメイクをした千尋はとても綺麗に見えた。男って単純だよね、分かってるけど普段と全く違う千尋を見て好きだなって思ってしまったんだよね。簡単に言えばギャップに落とされた、それだけ。
だから好きな人の好きな世界を見てみたくなって、話聞いてみたりバレーのスキマ時間に千尋の好きなものを見たり読んだりしてみたり、毎日連絡とってみたり。前にバレー頑張っててすごいって、ありきたりだけどそう言ってもらえたことがちょっと嬉しかったから、自分の得意なことでいいとこ見せられたらいいなとか思ったりもして治がいるときにバレー誘ってみたりした。それなのに本人全然気が付いてなくて挙句心が広い、誰にでも優しい角名って言われたの、結構ショックだった。誰にでも、こんなこと自分からしてるわけないだろ。
その後はもうストレートに言わないと千尋には伝わらないと学んだから回りくどいことをするのはやめた。なんか知らないけど、オタクだからとかいう言い訳振り翳して千尋はよく自己卑下をする。別にそんなの趣味ってだけで自信を無くす理由にはならないし、オタクだから千尋を好きになったわけでもないしその逆もない。ただ好きになった子がオタクだった、それ以上もそれ以下もない。付き合って暫く経つ今もたまにそんなこと言うからこの間はちょっと本気で怒ったりもした。

『ごめん、でも角名みたいな』
『千尋?』
『う、えっと、倫太郎みたいなこんな、かっこいい彼氏がおるとか、漫画の主人公みたいな展開、信じられん』
『…なにそれ』
『私に倫太郎は勿体ないって話』


まいにち、楽しくて、夢みたいや


嬉しそうに笑う千尋が可愛くてそのままキスしてやれば、慌てふためいてて面白かったんだけど、でもやっぱり可愛くて。だってその顔、千尋が尊いだの死ぬだの言ってる大好きな推しには見せられないし、そいつがこの顔をさせられるわけもないじゃん?俺の特権でしょ。



「倫太郎の嘘つき!!」
「え、何開口一番嘘つき呼ばわり」

そうやって少しずつ進んできた俺たちだったけど、ようやく俺が得意なものでいい所を見せられる日がきた。今日は公開練習試合で千尋が来てくれた、のはいいんだけど全試合終わった後部室に帰る前に会ったらこれだ。どういうこと。

「ペンラはともかく、応援うちわもいらん言っとったけど、持ってる人おったやん!」
「…あー侑と治のファンじゃない?」
「持ってきてええんやん!!」
「別に持ってきてもいいけど俺は要らない」
「なんでなん、禁止なんかと思ったからやめとったのに」

持ってきてええんやったら言ってよ、と千尋。いやだから、侑と治には悪いけど俺はあんなうちわで応援されるのが嫌なんだけど。普通にそこにいてくれたらそれだけでいいのに、なんか伝わってない。

「推しを全面に出したいっていうんが、オタクの心情なのに!!」
「…出た、推しと俺を同じ路線で並べないでって言ってるじゃん」
「なんでなん…!倫太郎いっぱい応援してますって、アピりたいやんか」

同担拒否はせんけど倫太郎推しはアピりたいねん…!!

…世間一般からしたらそれを喜んでいいのか微妙なところなんだけど、俺の彼女として考えたらこれはもう最大限の愛と応援だということは承知しているので。

「はいはい、ありがとね」
「なんや軽くない?」
「そんなことないよ、帰りは?」
「ひとりで来たから倫太郎待ってる」
「わかった、じゃあ早く着替えてくるからちょっとここにいて」
「うん」

またね、と千尋と別れて先を歩く他のメンバーに合流すればニヤニヤしてる双子とにこにこしてる銀。

「かわええやんか、松田さん」
「倫太郎推し!」
「松田さん、アイドルとか好きなんか?応援うちわ言っとったもんな」
「…まあ、そんなとこ」

良かったね千尋、噂にはなったけど単にそれは俺が千尋に告ったってとこだけが先行してひとりでに歩いて行ったみたいだよ。

「良かったな角名、ようやっとバレー見てもらえて」
「…そうだね」


着替えながら振り返る。付き合うまでのきっかけが恐らく普通のカップルとはちょっと違うんだろうし、今してる会話も外野からみたら面白いものなのかもしれない。だけど俺たちからしたらいつも通り。結局俺からしたら千尋は可愛い彼女だし、千尋からしたら俺はきっと“自分には勿体ない”彼氏というやつ。うん、やっぱり、千尋の言うような少女漫画みたいな理想的な登場人物にはなり切れない俺たちだけど、それはそれでいいんじゃないかな。

「お待たせ」
「お疲れ様!やっぱ倫太郎、バレーすごいんやなあ、かっこよかったで。あんな、あの時のよくわからんけど、スパイクがな」
「すげぇ褒めるししゃべるじゃん、アニメ見てる時みたい」
「やってほんまに、体育のバレーと違うしかっこよすぎて」
「推し語りと変わらない語彙力のなさ」
「推しの倫太郎くん語りしてるんやで、今!」


だってこんなにも楽しいし、俺はそれで充分だよ。




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