こんな青春、聞いてない

角名に、その、告白?紛いなこと言われた直後、クラスメイトが一限自習やってー!と言うもんやからまた一層教室内は喜びの声で溢れたようやったけど、私の世界は時が止まっとった。だって、ちょっと、意味わからん。いや、わかるけど。状況が、分からんって言うか。ぽかんとしてる私に自習だって、楽だねとサラリと何でもなかったかのように言った角名の心境がいっちばん分からへんわ。
今のなんやったんやろ、え、好きなひとって誰?私?まさかな、知らん振りしとこかな思ったんやけど、そうもいかなかった。やって角名と私、普通に教室で話してたから、そりゃ大声とかやないけど、ほんでも前に座ってるクラスメイトに聞かれてたらしくて瞬く間に噂が拡散されてしまった。多分相手が相手だからっていうのもある。角名は強豪バレー部のスタメンで、学校でも意図せず目立ってるし、モテる。噂のネタになりやすいやろな、きっと角名のことを好きな子もおると思うし。反面私、特に目立たない平々凡々などこにでもおる女子高生、の皮を被ったオタク。……どう考えても悪い噂広まってる予感しかないわ……。

「千尋、すごい噂なってるな」
「なんで教えてくれなかったん」
「や、そんなん言われても私別にそんな風に見たことなくて」
「角名もすごいよなあ、教室でサラッと言ったんやろ?」
「まあ……でも確信的な言葉やないよ?」
「あ、バレー部来とる」

そう言われてちらりとドアの方を見れば治くんの片割れ、侑くんと銀島くんが2組から遊びに来てるようやった。角名も治くんとドア付近で話してるとこだったからバレー部2年スタメン全員集合しとるわ。……こう見るとみんな背ぇおっきくてなんや怖いな……ガタイええしな……迫力あるわ……。
呑気にそんなこと思ってれば侑くんが誰かを探すようにキョロキョロしてから私を見てにっこり笑った。その上手も振ってる。そんなんしたら、ほら!全員こっち見るやん!!やめてや!!私は!平々凡々な!スクールカースト中の中の!!ただの女子高生Aなんやて!!

「千尋手ぇ振られとるよ」
「どないせえ言うねん……!やめてや……!」
「うわー侑の方、めちゃくちゃおもろいいう顔してるわ」

とりあえず無視するんもあれやから、もう一度そっちを見てからペコリと会釈だけして再度視線を外した。視界に入れた4人の顔なんてほぼ見られへんかった。ほんまに嫌やわ……最悪……なんでなん、こんなんならまだ大々的にアイツオタクなんやて、って噂されとった方がマシやったんやけど。嫌やわほんまに。

「あ、治がどついとる」
「角名もなんや言ってくれてるみたいやで」
「まあ今のは宮くんが悪いよなあ」

いつも一緒におる3人が笑いながら実況中継してくれたけど、やっぱりそっちは見れへんかった。

「ほんま、もう、なんでこんなことに」
「千尋なんも気が付かんかったの?」
「……私にとっては急な話しやったんやけど……」
「そうなん?なんかさ、あ、コイツ私んこと好きやな、みたいな雰囲気とか」
「……??」

そういう友達は、彼氏がいるだけあんなあと思った。思い返してもなんっも思い当たるもんがない。やって基本オタク話しかしてへんかった気がする。……あとはたまにバレーの話?……あ。

「そういや1回……治くんおる時に今度練習試合あるから見に来おへんか言われたな……」
「あるやん」
「それやん」
「なんで気が付かへんの?」
「気が付かんくない?なんで試合誘われただけでそうなるん?自意識過剰すぎひん?」
「そう言うけど絶対あんたが気が付かへんところで角名他にもアプローチしてるで」
「それな」
「それな」

え、えぇ〜世の女子はみんなそんなこと考えながら過ごしてるんか……?すごない……?私なんて暇さえあれば推しのことしか考えられへん言うのに……衣装今度あれ作ろとか……イベントあったなとか……続きはよ読みたいとか……そんなんばっかやねんけど……なにそれ……。いや隠れオタクしとったから話の引き出しはオタ趣味ばっかりってわけやないけど、そんでもそんな考えに辿り着かんわ。そもそもオタクやねん、どっかのモノガタリの主人公みたいな展開が自分に降り掛かるとか、まず考えがないねん!
あ、先生来たわ言うてその場はさっさと解散。みんな私の席周辺に集まってくれてたからほなな、と言って席に戻っていった。
担任が話し始めるから隣の席に戻ってきた角名とはなんも話せんかった。というか、ここ2、3日マトモに話してないんやけど。あんなん言われた次の日にどないしよ思ってたら既に噂は回ってて、朝学校行ったらいつもの友達に聞かれるわ、クラスメイトから好奇の目で見られるわ、他クラスからもバレー部やら知らん女子やらがチラホラ来たりしててほんまに居心地悪かった。そんなんで余計に角名と話せる訳ないやんか。
そもそも何を話したらええんやろ、とも思うねん。どういう意味?って聞いたらええの?なんであんなこと言うねん、って言えばええの?考えれば考えるほどわからへん。
でもそんなん聞いたり言ったりして、私はどうしたいんやろな。からかっただけやけど言われたら立ち直れる気せえへん。


じゃあ、好きって言われたらどうなんやろ。



「松田、今日課題提出し忘れたやろ、あかん言うたよなー?放課後残ってやって先生んとこまで持ってき」
「えっ明日じゃダメですか!?」
「猶予あんだけあったんに忘れた松田が悪いな」

予備ここに置いとくから取り来てやれよ〜、ほな解散、部活行くやつは行けー帰るやつは気ぃつけて帰れよ

担任のその言葉を皮切りにサヨナラーとクラスメイトはみんな各々立ち上がって放課後に突入した。……そんな、今日帰ってゆっくり二次創作漁りたかったんに……なんやもうこのとこ疲れたから推しで癒されたかったんに……。昨日やったんやで、課題は一応。それなのに机の上に忘れてったんや、色々考えてたら。ちゅうかみんなの前で言わんで良くないか?公開処刑されたわ。

「松田、居残り?」
「せやな……」

いや、久しぶりのマトモな会話がこれって。カッコ悪すぎか。

「どれくらいかかるの」
「分からへん。でも昨日までに終わらしてたし、多分そんなかからんのとちゃう」

大体答え覚えとるしなあ、と思い出しながら返す。普通に話せてることにちょっとほっとしながら。

「ねえ、待たせちゃうけどさ、松田も遅いんなら今日一緒に帰ろうよ」
「……え」
「なんなら部活見学でもする?」
「や!それは!目立つからええ!」
「了解」

じゃあまた連絡するから、ってさっさと治くんと部活へ向かった角名だけど、あの私いいよとか、言ってへんのやけど。





窓から見える空はすっかり日が落ちかけとって夕焼けがめちゃくちゃ綺麗やった。あんましこんな時間まで学校残ることないから教室からこんな綺麗な夕焼けが見えるん知らんかったなあ。
課題終わって、さっさと職員室提出しに行って帰ろかな思ったけど、角名に一緒に帰ろ言われて連絡するからとまで言われてしまったら流石に勝手に帰るんも悪いかなってなってまった。多分、角名はあの言葉の真意を伝えてくれるんやないかなあとか、ちょっと期待してしまう。それ以外わざわざ一緒に帰る意味が分からんもん。非リアのオタクしてる私やってそれくらいは、わかんで。……なんやろこれ、リアルにどっかの少女漫画みたいやん。あれ今私主人公なんとちゃう?やって放課後に教室で男の子待つとか、なにそれどんな青春?縁遠いと思ってたものそのものやない?オタクの私はどこいったん?

「そんなん聞いとらんし……」
「なにが?」
「うわっ、びっくりしたやん、急に、なん、やめてよ」
「ごめんて」

ぼーっとしてたら突然声かけられてびっくりした。いつの間にか隣に角名がジャージ姿で立っとった。いや確かに部活終わったいう連絡はきとったけど、もう教室来てたんは全然気が付かへんかったわ。どんだけやねん。
イベ帰りに遭遇した時も見かけたおっきなカバンを床に降ろして角名も座る。私もなんも言わへんし、角名もなんも言わん。ガランとした教室にふたりで隣同士で座って、だんまり。廊下には小さく誰かの笑い声と足音が響いとった。

「今日放課後前、侑がごめんね」
「え、や、ええけど……」
「嘘。明らかに嫌ですって顔してたじゃん」
「……まぁ」

笑って角名に言われて否定も出来んわ。顔に出過ぎか私。いやでもあんなん嫌やろ。

「でも噂になったことは謝らないから」

言われて、そろりと右向けば角名がこっち見とった。それもすごく真面目な顔してるから思わず私も背筋が伸びる。

「だってこんな状況にでもならないと、松田全然気がついてくれないみたいだし」
「えっと、それは、ごめん……?」
「いや俺の努力が足んなかったのかなって。だからもう単刀直入に言うけど、俺松田が好きだよ」


あの日と同じように、もっかい、私の世界の時が止まった。夕陽に照らされた角名の顔は相変わらず真剣やったけど、どこかちょっと柔らかいような気もする。あとちょっと、緊張してるようにも見える。……そうやろな、好きなひとに好きって言うん、きっと緊張するよな。こんな顔した角名がイタズラとか罰ゲームとかからかっただけとかなわけ、ないよな。真剣に、私んこと好きって言ってくれてんのやな。


「あの、角名」
「うん」
「……私、一見フツウに見えるんかもしれへんけど、オタクやで」
「それはもう何度も聞いたし、見たし、俺気にしないって言ったよね?」
「うん、それは聞いた、けど。……せやから、あの、あんまりそういう好きとか付き合うとか、正直経験したことないから、分からへん」
「うん」


一個一個、言葉を選びながらたどたどしくやけど自分の思ってることを丁寧に伝える。角名はちゃんと待っとってくれて、やっぱりその顔は柔らかくて優しい。それにちょっとどきどきしたりしてしまうんは、なんでやろな。


「でも、角名と話すんは楽しいし、自分の好きなもん否定せずにいてくれたの、ほんまに嬉しかった。すごいねって言ってくれたんも、お世辞かもしれへんけど、嬉しかった」
「お世辞じゃないよ」
「……ありがとう」

ふたりでちょっと笑って、静かに深呼吸。角名がちゃんと向き合ってくれたんやから、私もちゃんと言わな。

「……私も角名んこと知りたいって、今は思う。えっと、せやから、まだほんまに好きって正直胸張っては言えへんけど、でも角名と一緒には、居りたい」
「……それはトモダチとして?」

そ、そんな、確認みたいな、えぇ、どないしよ。恥ずかしいんやけど。でも角名めっちゃ真剣や……当たり前やけど……!
意を決して、口を開く。私だってちゃんと、角名に向き合いたいって思ったから、言葉にせないかんよな。


「……か、かのじょ、として……隣に、居りたい、です……」


さっきまでちゃんと言わな、言葉にせなって思ってたくせに、口から出てきた声のちっささと言ったらないわ。でも恥ずかしくてかなわん、少女漫画のヒロインはみんななんで堂々キメるとこキメられるん。漫画は漫画やなあとか、今こんな時に考えることちゃうけど!
あたふたしてたんも束の間、また黙っとった角名が急に立ち上がって、私は手掴まれて引っ張られるまま飛び込んだのは腕の中。ギャッ!とか女子か?って自問自答したくなるような全然可愛ない声で叫んだもんやから角名が吹き出すように笑っとる。いやもうほんと、何から何までヒロインにはなり切れんのが私やのに。


「もう、なんやねんこれ、シチュエーションばっかり少女漫画やん……」
「松田っぽくていいじゃん」
「角名はこんなん彼女でええの……」
「松田だからいいの」
「……ほんまに、こんな漫画見たことないわ」
「少なくとも俺の中ではヒロインは松田だから問題ないかな」
「……もう黙っとってくれる……」
「やっぱり推しが出てる少年漫画のが好き?」
「そういう話やないんやけど……」
「知ってる」


そう言うてぎゅうって更に抱きしめられたら、なんや私もうれしいなあって思ったから、そっと背中に腕を回してみた。細いように見えて意外と筋肉ついててガッシリしとんのやなあ。毎日バレー頑張っとるもんなあ。そんなひとが、好きって言ってくれて、今日から彼氏になったやなんて、なんや夢見てるみたいや。


「少女漫画っちゅうより二次創作みたいやな……」
「なに?」
「や、待って、角名にはまだ早いわ」
「何それ気になるじゃん、教えてよ」
「それよりさ、バレー今度観にいきたい」
「上手い話のそらし方するね」


顔をあげればいいよって言いながら困ったように笑っとる。あ、その顔もかわいい、かも。


「ペンラとか応援うちわとか要る?」
「……松田なんかイベントとかライブ観に来るノリで来ようとしてる?」


ちゃうの?
いらないからね?ほらもう帰ろ


一度離れて、お互い荷物持って、ほんでまた手をとられて指を絡める。あんまりにも自然な流れでするもんやから照れる暇もない。だけどこうやって少しずつ角名との普通に慣れていけたらええな。


「角名」
「ん?」
「……これから、よろしくお願いします」
「うん、よろしく」




【速報】隠れオタクの我、すてきな彼氏ができました




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