非オタ彼氏のリアルな愛の行方

チームの練習が終わってすぐにシャワールームへ直行。軽く汗を流して、今度はロッカールームへと小走りする。なんでいつもより急いでいるかっていうと、千尋が家で待ってるから。最近体調が悪いらしくて、とうとう今日は会社を休んだ。だから早く帰って家事とかやらないといけないし、何よりも、寝込んでる千尋の側にいてあげたい。
千尋に練習終わったから今から帰るって連絡ついでに何か欲しいもの聞こうかな。うどんの材料と一緒に買っていこう。そう思って、少し乱暴に頭をタオルで拭きながら、ロッカーに置いてあった携帯を取る。画面を明るくした瞬間、ピタッと全ての動きを止めてしまった。そこには電話と、新着メッセージの通知がいくつも連なっていた。全部千尋からだ。どれもこれも、数分、いや数秒間隔で表示されたもののようだった。……なんか、あったのかな。
その時ふと一番最後に送られてきていたメッセージが目に入る。“倫太郎、早く帰ってきて”という一文に血の気が引いた。

『もしもし、千尋?』
『……りんたろう……』

チームメイトのことなんか気にしていられず、慌てて電話をかければ数コール目でようやく千尋の声が聞こえてきた。元気ないし、震えてる。

『どうしたの? 連絡すごい入ってたけど、大丈夫? なんかあった?』
『りんたろ……っ』

電話口で突然泣き出す千尋。絶対なんかあった。ここで聞くより今すぐ帰った方が早い。

『千尋、俺もう練習終わって今から帰るから』
『ぅん……っ』
『なるべく急ぐけど、ちょっとだけ待ってられる?』
『ん、待てる……』
『ていうか、もう一回聞くけど、本当に大丈夫? 誰か家入ってきたとか、襲われたとかじゃないよね? 怪我とかしてない?』
『え、あ、ううん、そういうんやないよ! ごめん、ちょっと慌てて、私も、びっくり、して……泣いちゃって……でも、早く倫太郎に会いたい』

だから、早く帰ってきて

『わかった。急いで帰る。待ってて』
『ん、ありがとぉ、気つけて』
『うん』

適当に服着て、荷物まとめて、とにかく急いでふたりで住んでるマンションを目指した。チームの練習場から家が近くて本当に良かった。
普段だったらなんとも思わないエレベーターの速度にさえも若干いらいらしながら、その扉が開いた途端全力疾走。家の前についてあらかじめ手にしてた鍵を差し込むこの僅かな時間も煩わしい。早くしないと、千尋が部屋で、一人で泣いてる。

『倫太郎……!』
『千尋』

玄関へ飛び込むと、ちょうど寝室から千尋が顔を出したところだった。俺を見てまた顔を歪めて泣きながらこっちへ向かってくる。脱いだ靴を半ば放り投げて、駆け寄ってきた千尋を抱き締めた。

『ごめん、遅くなって』
『そんなことない、めっちゃ早いやん倫太郎、ありがとぉ』
『どうしたの? なんでそんな泣いてるの、体調は?』
『……原因、思い当たることあってな、病院……行ってきてん……』
『え、病院行ってきたの?』
『うん……。近くの……産婦人科』
『…………え?』

続いた言葉にまた動きが鈍くなる。思考が、止まる。俺の背中にしっかり回っていた千尋の腕が緩んで、身体をゆっくり離した。

『……三ヶ月やって』

そっと千尋が、自分のお腹へ掌を当てる。そうして、俺を見上げて涙を浮かべて微笑んだ。

『倫太郎と私の赤ちゃん、ここにおるんやって』

千尋の声が全身を駆け巡る。何度も何度も、脳内で響き渡る。じんわり浸透していって、ようやくその事実を受け止めた時、もう一度強く強く、母になった千尋を抱き締めていた。

『本当に……?』
『うん、ほんま』
『嘘じゃなくて?』
『嘘やないよ』
『信じられないんだけど』
『あはは、なんや倫太郎、新情報出てころされたオタクみたいになってへん?』
『そうだとしたらそれ絶対千尋の影響だからね』
『悪影響やなあ』
『……千尋』
『ん?』
『ありがとう』
『……うん。倫太郎も、ありがとう』

ほんまに、うれしいわってくぐもった声が聞こえてきた。千尋がまた泣いてることに気が付いて、俺も少し目頭が熱くなったりして。
――それからふたりで、暫く玄関で抱き合ってたっけ。その後聞いたら妊娠が分かって喜びが抑えきれなくて、ついついSNSに呟くみたいな連絡送っちゃったから通知が溜まってたらしい。早く家に帰ることで頭がいっぱいで放置してたそれを見返したら、たしかに『ヤバイ』とか『ほんまに、ちょっと、無理かも。待って』とか『倫太郎、はよ』とかいう短文で画面が埋め尽くされてたのも最早懐かしい思い出話だ。

「パパ、見てこれ。新しい衣装!」
「うん、衣装じゃなくて、パジャマね」
「衣装だよ! まりんちゃん、変身したらこれになるんだもん!」
「知ってるよ、昨日パパも一緒にまりんちゃん見たじゃん」

俺の膝の上に乗って一生懸命披露してくる娘の頭を撫でてやる。この間お気に入りのアニメ番組のパジャマ買ってあげたんだけど、それを衣装って言っちゃうあたりがおそろしい。まだ五歳じゃん、オタクの片鱗もう出てるよ。とは言えママがあれこれ手作りした服を着せては一眼レフで写真撮りまくってるから、その影響が大きいんだと思うけど。……絶対コスプレイヤーになる未来しか見えない。

「パパ、かわええ? 似合う?」
「すんごいかわいい。似合ってる」
「ほんとぉー?」
「だから隣の席の男に口説かれても靡いちゃだめだよ」
「となりのせき?」
「未来の話」

首傾げながらくりっくりの目を向けてくる。贔屓目なしに可愛い娘の柔らかな頬も、ついでに撫でた。

「レンジャー!!」
「へんしーーーん!!」
「待って待って待って、マジで顔がええ〜〜〜!! かっこよすぎん!? ブラックやわ、ブラックしか勝たん!!」
「レッドの方がかっこええ!!」
「分かってないわあ、レッドはかっこええに決まってんねん主人公なんやから。そうやなくて、付かず離れずな立ち位置におるブラックの良さがな」
「レッドだもん!!」
「あ〜〜!! ほら! 今の見てたァ!?」
「ママ、うるしゃい!!」

俺と娘とは打って変わって、テレビ前で大騒ぎしてるのは三歳になったばかりの息子と、二児の母になったはずの千尋。自分の子供のお気に入りの戦隊アニメにドハマりしてて、毎週末の放送を一緒になって心待ちにする始末。「今まで手出さなかったジャンルやけど、なんや良さが分かってしまったら沼やったわ……!」とか言ってたけど、本当どっちが三歳児か分かんないな。

「ママぁ! レッド!」
「ほんまやねえ、かっこええねえ」
「パパみたいでかっこええ! バーンて、バレーする!」
「ええ〜、それ言うたらやっぱブラックあたりやないん? パパ、主人公タイプやないけどクールでかっこええやん」
「ううん、パパが一番かっこええから、レッドなの!」
「たしかになあ、パパがいっちばんかっこええもんなあ」

きゃっきゃとはしゃぐ中で聞こえてきた会話に呆れながらも、くすぐったさに笑いが込み上げてくる。息子も嫁も、嬉しいこと言ってくれるじゃん。

「えーでもパパのチーム、黄色だよ! ね、パパ!」
「じゃあ、お家の中のレッドってことにしといてよ」
「それええなあ、じゃあママピンク!」
「私がピンクだよ! それでパパと結婚するの」
「僕もレッドがいい!!」

結局テレビ見てた二人までソファに座り始めた。家族四人でぎゅっとくっ付いてああだこうだとくだらない会話を続ける。今はまだスペースあるけど、子供たちが大きくなったら狭く感じる日が来るのかな。

「ねえ今度撮る家族写真、戦隊もののコスプレとかええんちゃう!?」
「それはちょっとストップ」

相変わらず突拍子もないこと言い出す千尋。結局、千尋と出会ってからずっと楽しいままだ。

「……きっと最終回も楽しいだろうね」
「最終回?」
「なんでもないよ。ほら、洗濯物終わったから干すよ」

これからも俺と千尋が主役の物語は続いていく。きっとずっと変わらずに、幸せなまま。



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