オタクは感情も感受性も豊かな、
繊細ないきものです

ゴールデンウイークに倫太郎にプロポーズされて、それだけでも信じられなかったのに、親への挨拶も、式場や日取りも、両家顔合わせも、引っ越しも。なんの滞りもなくあれよあれよと進んでいってしまって、残るは結婚式の準備ばかりになった。これが想像以上に大変で、誰呼ぶとか席順とかドレスとか、披露宴やらムービーどうするとか、二次会やるんかとか、手紙とか招待状とか花とか受付の飾りつけとか。もう考えることやること多すぎや。何から手つけていいのか分からへん。ぜーんぶ投げ出したい、なんもやりたくない。二次元に浸って現実逃避したい。
そんな投げやりな気持ちになってた時やった。うわーって心の中で叫んで、倫太郎がいないのをいいことに大きな大きなため息を吐いて掴んだ携帯。いつものSNSに突如現れたのは推しカラーに包まれて幸せだったという、花嫁の投稿。バズっていたそのツイートがたまたま自分のTLに流れてきただけやったけど、目が釘付けになった。なんてタイムリーな。これこそ運命の出会いやで。しかもよく見たら推し色ドレスだけやない、お花も、ケーキも、受付の飾りも。すべてが推しだらけの、夢のような空間やった。……これやわ。

「ただいま」
「おかえり倫太郎! あんな、聞いてほしいねんけど」
「なに、めっちゃ元気じゃん」

練習から帰ってきた倫太郎を玄関で出迎えるやいなや、さっき流れてきたオタク式披露宴の写真を見せる。話しかける私にうんうん、て返事しながらさらりとおでこにちゅって音を落とされたけど、今はそんなん気にしてられへん。
倫太郎が靴脱いで、洗面台行って手洗って、リビングのソファに座るまで、後ろ引っ付いてこの人がどんな結婚式をやったのか説明しまくる私。隣に座ってもなお、口が止まらないから倫太郎が笑った。

「そんなにすごかったの? オタクしゃべり出てるよ」
「やから言ってるやん、めっちゃすごかったんやって。見てこれ見て」
「見せて」

倫太郎の腕にぴったりくっついてもう一回、今度はしっかり画面を見せた。ふわりと制汗剤の香りが鼻を通り抜ける。今日もバレーボール、頑張ってきた証やなあ。

「ほんとだ、すご」
「すごいよな!? 私も推し色のドレス着たい! ケーキとかも推しっぽいやつがええなあ、あとお花も拘りたくなったし、それから」

音楽も推しカプイメソンのやつがええなあとか、ペーパーアイテムもさりげなくモチーフ入れられたらいいし、あと受付もアクスタ置きたい……!なんなら倫太郎グッズ置いて祭壇作るんもええんちゃう!?今までのジャージも取ってもらってあるし、EJPのユニだって私持ってるし!カレンダーもタオルもサイン色紙も、そして何より、みんな大好きアクスタやって揃ってるし!一人暮らししてた時に遠距離恋愛やったんもあって、せっせと集めた甲斐があったわ。全種コンプどころか複数個持ってんねんで。ここでも活かされる日が来るとか!やっぱグッズは集めてなんぼやねん。よく「そんなに買って何になるん?」て言う非オタおるけど、こういう時に使うんや!あとは毎日の心の支えと潤いやな。
あんなにめんどい、投げ出したいって思ってたのに急にめっちゃやる気出てきたわ。

「へえ、こんなのもあるんだ。……コレどうやって用意したんだろ?」

楽しみな気持ちを沸々と滾らせてたけど、隣にいた倫太郎の声ではっとした。あかん、また暴走した。何年付き合っててもこういうオタク気質は抜けへん。ちゅうか一生変わらんな、これ。
横を見ると、いつの間にか私の携帯を手にしてオタク流結婚式を挙げた人のアカウントからいろんな写真を見てる旦那。ふーんって、興味あるんかないんかよく分からへん反応が聞こえてきた。
……もしかして、引いたかな。人生の節目、大切な日にまでオタク晒さんでもええやろ思ったかな。ちゅうか、待って、倫太郎の立場からしたら、オタクのお嫁さん貰いましたーって晒すってことになるんやない……?
そうよな、結婚式って花嫁さんが目立ちがちやけど。ふたりのもの、やんなあ。私のものだけじゃなくて、倫太郎のものでもある。夫婦なんやし、当たり前のことなんやけど。
私、ちょっと自分勝手すぎたんちゃう? って自己嫌悪。……今更やけど、オタク趣味の奥さんはやっぱ嫌やなんて言われたらどうしよう。
急に足元がぐるぐる回った気して黙り込む。なんやほんまに突然、とんでもない不安に駆られる。

私、大丈夫なんかな。結婚式ちゃんとできんのかな。ていうより、この先ちゃんと、角名倫太郎の妻としてやっていけるんかな。
――隣におって、ええんかなあ

「千尋、どうしたの」

驚いたような声色に気が付いて顔を上げる。その瞬間、頬が濡れた感覚がして慌てて拭った。

「ご、ごめん、なんでもない」
「なんでもない人は急に泣いたりしないでしょ」

倫太郎の長い指が涙を掬う。ついでに少しかさついた親指で頬を撫でられた。やさしさが籠ってて、慈しみを受け取ってしまって、余計に泣けた。

「さっきまでオタク発揮してたのに、どうしたの急に」
「や、そうなんやけど」
「オタクは感情豊かってやつ?」
「感受性豊かや」
「両方じゃない?」
「……そうかも」
「で、どうしたの?妻が泣いてると、旦那は無条件で心配するんだけど?」

なんやそれ、どこの漫画で習ったん。私の秘蔵のBLでも読んだん?……そんなセリフ言うキャラ、覚えてないけどなあ。

「ごめん、ちょっと……不安になった……」
「なんで?」
「……結婚式で、あれこれやりたいなって思ったけど。でも、それって倫太郎がオタクなお嫁さんもらいましたーって晒すことになんなあとか。そもそも結婚式って私だけのもんやないのに、ふたりのものなのに、自分勝手やったかなとか……ちゃんと、できんのかな、とか。りん、倫太郎の、隣おって、ええんかなとか……!」

最後の方は声が震えて言葉にならなかった。子供みたいにしゃくりあげてまって、あんたいくつやねんって突っ込まれてもなんも言い返せへん。

「なに今更そんなこと言ってんの? 今までも何回も言ってるじゃん、オタク趣味とか関係ないって」
「マ、マリッジブルーってやつかもしれへん……! オタクは繊細なんやて、私やって何回も言った……!」
「まあ確かに、マリッジブルーってやつかもね」

あと繊細ってのも何度も聞いたわ、って笑う倫太郎。あどけなくてカワイイ。その顔めっちゃ好きやわ。泣いてんのにきゅんてした。

「千尋」
「なに……」
「結婚式はさ、千尋が主役だよ。今まで散々訳わかんない自己卑下聞いてきたけど」
「オタクあるあるやって言って欲しい……!」
「ハイハイ、オタクあるある聞いてきたけど。でも、間違いなく、その日は千尋が主役だよ。だから、千尋の好きにしていいんだよ」
「……倫太郎のでもある……」
「厳密に言えばそうだけどさ。ずっと前に言ったじゃん、俺の中ではヒロインは千尋だから問題ないって」

隣にいてよ、ずっと。俺と一緒に、生きて

揺れる視界の中に、倫太郎を閉じ込める。その切れ長の目が、柔らかくて、やさしくて、あったかくて、それから愛おしい。
普段推しとかに対してだって好きやわ〜って、ぎゅうって胸が苦しくなることはよくあるけど。でも倫太郎への想いは、そんなもん軽く超えてくる。胸がくるしくなって、好きがいっぱいになっていって。それがぱんぱんに膨れ上がったら、身体中から果てしない愛が溢れていく。――今まで感じたことのない幸せに包まれていく。

「……愛してる」

内に深く染み入る倫太郎の言葉に相応しい私の返事は、これしかないと思った。好きの最上級を口にしたんは、これが初めてや。だからかな、珍しく倫太郎の目が真ん丸く見開かれて何度も瞬きしてんのは。声がなくなったみたいになんにも言わへん。……これも、高校ん時の、あの日みたいやなあ。ほんならこの後してもらうことなんか、決まってる。

「なに笑ってんの」
「ふふ、くるしいなって。嬉しいなあって思っただけ」
「さっきまで泣いてたくせに。本当オタク感情豊かすぎ」
「自分やって語彙力消えたくせに」
「消えもする」

ぎゅうぎゅう抱き締められながら、今後は笑いが込み上げてくる。会話まで、いつかの日と同じやん。倫太郎、覚えててそうしてんのかな。……でも、私と倫太郎の、ある意味始まりの日と違うことは。

「倫太郎」
「ん?」
「自制、せんでもええよ?」

視聴覚室じゃなくて、ふたりの家。他の人もいなくて、ふたりきり。付き合い立ての恋人じゃなくて、永遠の愛を誓い合った夫婦。

「……キス、していい?」
「……キス、して欲しい」

あの頃より逞しくなった腕からそっと解放されて、瞼を閉じながらお互いの唇が近づく。吐息が、触れる。

「……愛してる」

触れ合う瞬間に囁かれた言葉は、そのままキスに溶かして飲み込んだ。幸せ、やなあ。今も、これからの私の人生も。

「は……、ん、りんたろ……」
「なに、千尋」
「受付は倫太郎の祭壇でええやんな……?」
「え、今それ言う??相変わらず懲りずに雰囲気ぶち壊しにくるよね。これも何度も言ってるけど」
「やりたいんやもん。……素の私、きらい?」
「……好きだよ」

一緒に笑い合って、もう一度、幸せやなあって思う。結婚式のことはまた後で考えればええよな。今はこうして、倫太郎とふたりで、ただただ愛を分け合いたいから。



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