オタク流爆誕記念日の祝い方

駅近くの大通りを首をすぼめながら歩く。ぴゅう、と吹く風がまだまだ冬は終わらないと言っているようだった。来週には二月に入るし、これからもっと寒くなって雪とか降る日もあるかもしれない。十八年前の今日も、こんな感じで寒かったのかなとか思ったり。
千尋が指定してきた建物へ入ると暖房がよく効いていた。受付で彼女の苗字を伝えて、店員から教えられた番号の部屋へと向かう。大手のカラオケチェーン店だけど、なんでわざわざ誕生日を祝ってくれるのにこんなところにしたんだろ。俺は別に会えるならどこでもいいけど、まさかのカラオケ。もしかして有名なあの歌を、マイク持って歌い上げるとかじゃないよね流石に。そんなことされたら俺どうしたらいいのかちょっと分かんないんだけど。でも千尋ならやりそうだな、とか思ったらうっかり口元が緩みそうになった。突拍子もないことをやったとしても、きっと俺は笑って許しちゃうんだろうけど。
そもそもいつも突拍子もないか、とか考えながら扉を開くと千尋がはっとして何かを取り出した。パン!と乾いた音が破裂した。

「ハッピーバースデー倫太郎〜!!」

誕生日おめでとう!!そう言って底抜けに明るい笑顔を向けた千尋の手には、薄い煙を吐き出すクラッカー。俺の足元にはカラフルなテープが舞い降りてきた。

「びっくりした、ありがとう千尋」
「それびっくりしてる顔なん?ちょっと目丸くしとるだけやんか、おもんな〜」

予想してたの、って聞くけどここに来るまで何一つ予想なんてできてないよ。壁に飾ってある“Happy Birthday”のガーランドも、ソファに散らばってる“18”や、色とりどりの丸いバルーンも、テーブルの上に置いてあるバースデーハットとバースデーメガネも。

「失礼しま〜す、ハニトーお持ちしましたぁ」
「あ、来た!倫太郎、ええから入ってこっち来て。ハニトーありがとうございます」
「火、つけますか?」
「そうですね!!ちょっと待っててもらってもええですか?はい、倫太郎ここ座って、これ被って」
「え、やっぱこれ被んの」
「当たり前やろ!写真撮るからメガネはまだええけど」
「それならメガネいらないじゃん」
「い〜る〜」

テーブルの真ん中に、甘いものがこれでもかと載せられたどデカいトーストが置かれた。千尋に誘導されてその目の前に座らせられてハットと“8”のバルーンを手渡される。俺が呆れ笑いしてる間に店員に携帯を渡してここ押してください、と指示。今度は店員が火点けますー、撮りますよーって言うから大人しくケーキに見立てられた帽子を頭に乗せてバルーンを掲げる。千尋は“1”のバルーンを持って、肩先が触れるくらいの近さで隣に座った。ハイチーズ、というお決まりの声かけ、一瞬の沈黙の中でバチバチと小さな花火の音が部屋に響く。

「撮れました、確認お願いしますー」
「……うん、大丈夫です!ありがとうございましたー!」

画面を確認して満足そうな千尋を見た店員はごゆっくり〜と間延びした声を残してそそくさと部屋を出ていった。

「だからカラオケ?」
「せや!今日は倫太郎の生誕祭やもん」
「生誕祭……??」
「バースデーパーティー!」
「最初からそう言えばいいのに。オタクはそう言うの?」
「生誕祭、か誕生祭って言うねん。タグもあんねんで。それでぬいとかアクスタとか、パネルとかそういうん並べてお祝いするのがオタク流やねん」

なるほど、どうりで。確かにこういうの、見かけたことある。千尋が前にオタク友達と一緒に推しの誕生日を祝ってきたって言って見せてくれた写真と同じ風景だ。……だからきっとこれも、千尋にとって俺への最大限のお祝いなんだろう。そう思ったらなんか、千尋らしくて笑えてきた。ちょっとズレてるけど、でもそこが千尋の良さで、可愛いところ。

「? なんで笑ってるん」
「や、千尋らしい祝い方だなって思っただけ」
「……それは喜んでるん?」
「当たり前じゃん。嬉しいから笑ってんだけど?」
「……そか」

よかったって小さく呟く千尋。指先に力を込めたのか、持っていた“1”のバルーンが軋んだ音を立てた。

「ほんまはいろいろ、考えたんやけど。でも精一杯、最大限、倫太郎んことお祝いできんのってこれしか思いつかなくて」
「準備大変だったんじゃない?こんな数バルーン用意してさ」
「まあ、それなりに……でも、倫太郎の誕生日やから」

ほんまにおめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう

照れ臭そうにはにかむ千尋がくすぐったくてあったかい。つられてまた笑う俺も、もしかしたら同じ顔してんのかもしれないな。
近づいてみれば、千尋もそっと距離を詰めてくる。なんにも言わずに唇が触れ合った。

「ありがと」
「……いつか、倫太郎のぬいとかアクスタ出ぇへんかな?」
「……俺のぬいとかアクスタ……?」
「そう、倫太郎のぬいとかアクスタ。まあ他のでもええけど。そしたら今日みたいな日とか、並べて写真撮れるやろ。それこそ生誕祭、誕生祭って感じでええやんか」

何を当たり前のこと言ってんのみたいな顔されてもね、そもそもオタク文化を知らないんですけど。オタク共通の認識である生誕祭だか誕生祭だかのやり方も知らないんですけど。ていうか俺のぬいぐるみ?とかアクリルスタンド?とか持ってる意味なくない?

「本人目の前にいるじゃん」
「それとは話が別やねん〜」
「理解追いつかないけど、とりあえず言えるのは、もしそんなグッズ出るとしたらプロくらいだよ」
「あっ、そっか!ほんなら倫太郎がプロになった時にいっぱい買えばええね!」

ランダムでも積むし、全種コンプしたいし、受注生産のものも絶対予約して買いたいなあ!ほんで部屋に置くねん、祭壇やんな。あかん、グッズ厨になる未来しか見えへん、無限回集してしまうわ

楽しそうに語る中でいくつか分からない単語も出てきたけど、そんなことより、俺の未来と、俺とのこの先までをも“当たり前のこと”みたいに口にする千尋にいっそ呆れ笑いが出てきた。本当に、無意識に、俺のことを喜ばせるのが大得意だよね。

「……サインでも書いた方が良い?」
「ええなあそれ!書いて欲しい!」
「じゃあ今から千尋が考えてよ」
「えーそれじゃ意味ない、倫太郎が考えた倫太郎のサインが欲しいねん!」

それから小一時間くらい、甘ったるいクリームとかアイスとか食べながら一緒にサインを考えた。プロになることも、その頃俺たちがどうなってるのかも、分からないくせに二人でああでもないこうでもないって言ってる時間はすごく楽しくて。
こんな風に過ごす誕生日も、千尋と俺らしくて良いし、この先もずっとこんな感じで仲良くやっていけたらいいなって思うよ。




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