ガチオタのリアルな恋の行方

待ちに待ったゴールデンウィークがやってきた。仕事の合間にアプリのカレンダーを見ながらあと何週間、あと何日後なんて日にちを数えるほどには楽しみにしとった。なんでってそりゃ、遠距離恋愛中の彼氏に会えるから以外の何物でもない……と、胸張ってそれだけを堂々と宣言出来たら良かった。普通の可愛いらしい彼女やったらそう言うんやろなと思う。連休の一日目から彼氏の家に遊びに行ったりなんかするんちゃう。いや、一日目と言わず前日から乗り込むんかな。そらそうやでな、いつも離れてるんだったら一日でも数時間でも長く彼と居たいと思うよな。その気持ちはわかる。私にもよぉーく分かるで。高校の時から付き合ってる彼氏の倫太郎は大学も関西やなかったからその頃から遠距離で、その後もプロのバレーボール選手になって物理的な距離もそうやけどどこか本当に、少し遠い存在になってしまったように思えた時期もあったから尚のこと。せやけど5月の大型連休にオタクのイベントがないなんてことはないわけで、むしろ大規模なものが催されているわけで。そしてそこに、私も参加しないなんてこともなく。結局10日近くある連休のうち中盤くらいに倫太郎のところへ遊びに行く予定を立てた。倫太郎は私がそうやって趣味を軸に予定を立てるのなんかもう慣れっこで「ああそっか、分かった、そのあたり空けておくから」なんて返事をした。「ありがとぉ、めっちゃ楽しみやねん。今度な初めてサークル側で売り子やんねんけど」って続けたら「よくわかんないけど、千尋が毎回楽しみにしてるのだけは知ってる」やって。できた彼氏過ぎるわ、と高校時代から何百回と思ったことをまた心の中で呟いたのは先月の話や。……多分、やなくて確実に、そういうんが世間一般とはズレてるし本来だったら良い彼女、とは言われへんのは分かってる。ほんでもそれでもええ言うてくれてるんが倫太郎なわけなんやけど。

「…………ちょお、聞いて欲しいねんけど」
「会って早々なにそのぶすくれた顔。イベント楽しくなかったの?」
「即売会はめっちゃたのしかった!!」
「それは良かった」

ほら乗って、って言われて助手席へと促される。私がシートベルトを締めたのを確認してから車を発車させた倫太郎のなんとスマートなこと。ありとあらゆるBLや恋愛ものに運転シーンが描かれるんも納得やわ。ほんまかっこええなって思ってしまう。きゅんとときめく主人公の気持ちがわかるわ、今の私がそうやもん。あれかな、久々に会ったからかな。真っ直ぐ前を見て安全運転をしてくれながらもおかしそうに笑う倫太郎はやっぱかわええなって思う。

「で? なに?」
「……高校の友達にな、この間久々に会ったんやけど」
「ああ、言ってたね」

社会人になってからも高校の時に仲良かった友達とはまだ繋がってて、少し前に久々に集まって飲むことになった。その時になんかの話題の延長線上で実はオタクやったんやで、いや今もオタクなんやけど、なんてカミングアウトしてしまった。お酒が回って気が緩んでしまったんやと思う。でもそんなん言うてもみんなはああそうやったんや、くらいの反応で高校生だった当時恐れていたような態度なんて一切返ってこなかった。こんなんやったら最初から自分出してても良かったかもしれん、と思いつつあれこれちょっとずつオタクの話をしてたんやけど。途中で自分のオタ友からきたおもろいメッセージを読み上げた途端それは崩れ去った。

「そん時な、オタ友から『ユートは旦那でそのチームメイトは同期』って限界夢女発言来てておもろかったから、ちょっと酔ってたのもあって言っちゃって」
「あーあのスポコンもののキャラでしょ」
「倫太郎よう覚えとるね、エライ」
「千尋が最近ずっとその話するから俺も見たよ」
「ええ、履修してんのエラすぎやありがとう、私の推し良かったやろ?」
「好きそうだな〜とは思った。それで?」
「そしたらな、『さすがにそこまでいくと痛いわあ』って言うねん……!!」

わっとまるで悲劇のヒロインみたいに顔を覆って項垂れた。オタクは感情表現豊かなんやジェスチャーがうるさいしよう頭抱えてしまうねん、許してほしい。倫太郎ももう何年も私と付き合ってるから分かってると思うけど!!
隣でなんとなく言いたいことを把握したらしい倫太郎は「あー、そういうね」とか言ってる。そういうね、ってなんやねん。なんでもええけどそういうやつやねん、それでへこんでるんや。

「痛いって……痛いって!!そんなん言うたら私はどうなってしまうん、多分みんなはただアニメとか漫画が人よりもちょっと好きくらいにしか思ってないみたいやけどこちとらレイヤーやって、創作側やねん!!今日だって同人誌の即売会で売り子しとったわR18指定のバチボコのBL本頒布手伝ってたわ!!なんなら新刊買いに走ったし、スーツケースの中身半分それで埋まってんねん!!イベが楽しみやったから彼氏に会いに行くんも調節してもらってるくらいやのに!!」
「最後のは分かってるけど聞きたくはない」
「ゴメンナサイ!!」
「いいけどさ」

勢いよく謝ればさっきよりももっと楽しそうに笑う倫太郎。いつだって私を大事にしてくれるから、寂しいと思う時間は遠距離恋愛をしている中では少ない方、だとは思う。……自分の趣味を謳歌しまくってるせいもあるかもしれへんけど。

「やっぱ言わなきゃよかったかもとか、ちょっと思ってしまって。でもこれが私やし。ちゅうか私やって夢女でもあるから旦那の一人や二人おるんですけど痛いって……オタクなんてみんなこんなもんなのに……」
「まあ急に全部出し過ぎたんじゃない?」
「……酔ってたから、加減が狂った」
「かもね。付き合う前とかだって、付き合って一年目とかだって結構探り探りだったじゃん、千尋」
「そうやったかも……あぁしくった、どないしよあいつマジで痛いわオタクキモイわ言うて次飲み会呼ばれへんかもしれんわ」
「もしそうなったらそうなったで仕方ないんじゃん?」
「……そうやけど」

大人になったら自然に消えていく縁もあるなんてことは分かってはいる。それとは逆に突然繋がる縁があったり、それこそネットで知り合って深い仲になることがあることも、オタクやってるからこそ知ってるし。そりゃ合う合わないは後々出てくることもあるけど、でもやっぱちょっと寂しいなとか思ったりもすんねん。
窓から流れる景色に目をやるといつの間にか倫太郎の住む寮の駐車場に着いてた。チームで借り上げてるマンションで、ここ数年内に建てられたばかりの新しい物件だから私が住んでる部屋よりもモダンで綺麗で羨ましい。さて降りよかなとシートベルトを外して外に出ようとしたときにじゃあさ、と話しかけられたから何?って倫太郎を見た。いつもと同じ、涼し気な目が街頭に照らされてる。

「推しと結婚すればよくない? そしたら痛くないじゃん」
「推しと結婚? してる」
「それ脳内の話でしょ。妄想じゃん」
「パラレルワールドって言って。別世界やったら私は既婚者や」
「この世界の話だってば。三次元。わかる? 千尋は三次元の住人だよ」
「バカにしとる??」
「結構真剣だよ」

倫太郎の言いたいことが分からなくて困惑した顔で見返した。そしたら「その顔、俺が告った時と一緒じゃん」ってけらけら笑うし。なんなん。

「なに? どういうこと?」
「やっぱり千尋には直球で言ってあげないとわかんないか」

それとももう俺は千尋の推しじゃなくなった?


え、って掠れた声が出た。困惑してたはずなのに、今この瞬間には驚きしかない。ぽかんと口開けて倫太郎を見つめるしかできなくなった私に、倫太郎は「あの時と同じ顔またするし」と言ってハンドルに凭れかかった。

待ってよ、それって、それじゃあ、つまり。


「……結婚しよ」


言われた言葉を飲み込むのに数秒かかって、ちゃんと返事をした頃には私の視界はなんにも見えなくなってた。それは零れ落ちたもののせいやなくて、抱きしめてくれた大好きな人のせいかもしれへん。

車の中での出来事が現実の、自分の身に起きたことだと実感したのは次の日、倫太郎がチームメイトに「今は婚約者だから」と言った時だった。




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