三次元立体的リアル彼氏

ずっと自分には起こりえないことやと思っとったし、今やって信じられへん。だってどう考えたって、誰が見たって、私が少女漫画にあるようなヒロインにはなりきれへん女やって知ってるし、そんなん自分が1番分かっとるわ。やのにそんな私と付き合ってる彼氏は、それこそ少女漫画に出てくるようなかっこええスポーツマンで、部活を謳歌しとる高校生で、学校でも知らん人そんなに居らんのやないのってくらい割と有名な男の子で。釣り合わんよなあって、よく思う。ほんでもあの日、放課後、夕方の教室、誰もおらんところでふたりきり。そんなベタなシチュエーションで私んこと好きやって真剣に言うてくれたから、私もこの人の隣に、彼女として立ってみたいって思った。あの時だけは、私はこの物語のヒロインやったのかもしれへん。
……だからといって、こんなことは別に、リアルな3次元の世界では起こって欲しくはない、よなあ。

「倫太郎〜!」
「お前また来たの」
「倫太郎に会いたかって、来た!」
「素直かよ」
「俺もおんで」
「治はついでや!」
「失礼なやっちゃな」

随分と甘ったるい会話が繰り広げられてる2人を遠目に見て、そんな風に思ってから視線を机の上に広げたお弁当に移す。今日の昼ごはんはおかんが手抜きの日や!言うて冷凍の牛丼をご飯にぶっかけたやつを持たされた。……弁当からして私、可愛げないな。

「……千尋、ええの?あれ」
「このとこ毎日やない?」
「付き合って1ヶ月くらい経つ今んなってあんな目立つ行動に移すとか、狙っとるとしか思えへんわ」

いつものメンバーが口々に話しかけてきたから曖昧な笑顔で返した。言うてることはご最もなんやけど、なんせ相手は学年でも可愛い言われてる子やからなあ。今やって何人か、クラスの他の男子が羨ましげに見てるやん。そんな子に何言えっていうんや、陰キャオタクが。
ちらりともう一度、角名と治くんと、角名に絡みにいく女の子の方を見てから心の中で小さくため息を吐いた。

角名……っていうと怒るんやった、倫太郎。倫太郎と付き合うようになってからひと月くらい経った頃、また席替えがあった。今回は見事に倫太郎と離れた席になってまって、あの短期間に起きたことが夢みたいに消えてなくなるんかなあ、記憶喪失ネタは鉄板やで……いやリアルやったら自然消滅やんな、最悪やん、とか普段推しとの妄想を脳内に駆け巡らせるのが癖やからぶっ飛んだこと考えとったけど、そんなことはなかった。席が離れても倫太郎はよく私んとこに来てくれたし、倫太郎の席の近くを通った時とか必ず声掛けてくれるし、時々昼休み一緒にご飯食べたりもしたし、連絡も毎日取ってるのは今日も変わらん。おはよ、から始まって一日のおわりにおやすみ言うてから寝るのが最近の日常。……ヤバない?私がリア充みたいなことしとるんやけど。いや実際リア充なんやろうけどヤバイしか言えへん。マジか世間のカップルこんなんしてるん?ありえへん、マジで漫画?ドラマ?アニメ?二次創作?次元の混線半端ないわとかアホなこと思いつつも、倫太郎がくれるそんな小さなうれしいを噛み締めとったんやけど。先週くらいからあの女の子が現れ始めてから事態は一変した。一変した言うても、倫太郎はいつも通り。私が、私の気持ちだけが、暗雲立ち込めて荒波たってるっちゅうか。悶々、もやもや、しとるっちゅうか。
その女の子は私でも知っとるくらい同じ学年でも可愛ええ言われとる上位勝ち組の子。……まあ同じ女として言わせてみれば、その顔面偏差値の高さ自覚ありなんやろなっていうのは分かる。だからといってそれを表立って武器としているわけでもないから上手いよな、とも。……私、性格悪って思って自己嫌悪に陥るんはこれで何回目や。そう気がついてもう一度心の中で小さくため息を吐いた。……あの子はオタクのオの字も知らんのやろな。いやでもあの顔面偏差値の高さ……コスプレに活かしてくれはったらええんにな……メイク映え、写真映えするで、あの顔。
……やなくて、だから、なにが言いたいかって、最近倫太郎とよう一緒におるやん、狙っとるやつやん、ってこと。それから同時に思うんは、やっぱ倫太郎の隣にはああいう子がおるんが『普通』なんやないのかなって。そう思ってしまってはまた自信がなくなるんや。

味の染み込んだご飯とお肉を口に放り込む。お米が一粒、二粒箸からこぼれ落ちてスカートの上に乗っかったから慌てて指先で拾った。あぶな、シミになるとこやったわ。

「やから、その日バレー部休みやろ?遊び行こ!」
「なんでバレー部の休み把握してんだよ」
「友達が言っとったもん、ええやんかみんなでワチャろ」
「お前ほんま欲求に忠実やな」
「治も来ればええやん」
「ほんでもってホンマに俺はついでやな、贅沢なやつや」
「なにそれ自分で言うん、おもんないわ〜」

……なにそれ、デートの誘いやん。あれやろ?大人数で遊んどって、でもその実口裏あわせとって2人で抜けるやつやんか。知っとるで、この間フォロワからオススメされた漫画で読んだんやからな。オタクはな、経験なくとも世の中のトキメキのアレコレは知っとるんや。胸張って言えることやないけど。にしてもあれよかったわ、やっぱ信頼してるフォロワの推薦作品間違いないわ。あいつは司書やな。オタク図書館の司書。……そうやなくて。まずもってその日バレー部が休みとか、知らんかったんやけど。え、彼女って彼氏のスケジュール全て把握しとかなあかんの?それって結構束縛やない?空いてる日は全部カップルとしての時間にしろって?私やって自分の時間大事にしたいんやけど、だってオタクですし?新作アニメは見ときたいやん、二次創作はチェックしときたいやん、グッズとかイベントやって確認しときたいやん。オタク時間ないとかそれイコール死やが?いやいやでも倫太郎はいっつも部活一生懸命で、確かに一緒に居られる時間は少ないけど。でも、その中でもちゃんと時間作ってくれてんのは知っとるし……倫太郎だって、友達と遊びたい日やってあるやろし……そもそも、なんでこんな、いっぱいいっぱい、もやもやぐるぐる、しとるんや。これあれやん、BLでよく見るやつやん。受けが今まで嫌や嫌や思っとった相手がいざほかの男とか女とかとイチャコラしてるん見るとモヤってるやつやん。

……つまり、私ここ最近ずっと、嫉妬してたん?

「まあ確かにその日は休みでなんもないけど」
「やろ?やったらええやん!倫太郎と会いたい」
「本音丸出しやな、みんなでワチャろ言うとったのどこいったん」
「それもええけど、倫太郎おらんのはムリ」
「ちょっと、」

倫太郎の声色が少し変わったのが聞こえてきて、不思議に思ってそっち見たら、あろうことかその女の子は後ろから倫太郎にのしかかるように抱きついとった。それを見た瞬間に無意識に立ち上がっとって、次に気がついた時にはその3人の前に立っとった。

「千尋」
「え、っと」

倫太郎に名前を呼ばれてはっとする。いやほんまに何しに来たん、私。こんなん、するはずやなかったんに。咄嗟に来てまった。どないしよって迷ってたら倫太郎に抱きついたままのその子が表には決して出さんように、だけどどこか勝ち誇ったような雰囲気で松田さんどうしたん?なんて聞いてくるから、ぷちんと何かが切れる音がした。

「っあの、倫太郎、購買行きたい。付き合って」

女の子は完全に無視して倫太郎だけを見て言う。倫太郎はちょっと驚いてたようだったけど、すぐに優しく笑ってからその子の腕を外した。

「ってわけだから、俺行くね」
「……まだ、付き合ってたん?」
「別れたなんて言ってないじゃん。これからも別れる予定ないし。あと」

するりと私の指先を絡めとる倫太郎に驚いて見上げれば、次の言葉にも目を見張る。

「その休みの日、確かに今は何もないけど。彼女と会おうと思ってたとこだから俺パスね」

ワチャりたいなら他の人誘って


「行こ、千尋」
「う、ん」
「何買いたいの?」
「えっ、えっと……ゼリーか、プリン……」
「じゃあ自販機行こうよ、購買昼だから混んでるし」

ね、と笑った顔がやっぱり可愛いなって思ってときめいてしまう。ゆるりと繋がれた手に少しだけ力を込めれば同じようにぎゅっと握り返されたのがまた嬉しかった。





「千尋、こっち」
「なん、そこ視聴覚室やん」
「だって千尋、財布持ってないでしょ」

そう言われてはっとして目を逸らした。あかん、嫉妬丸出しであそこに割り込んでったのバレバレやん。はっず。その様子を見て少し笑ってから倫太郎は勝手に視聴覚室に入っていってドアんとこについてるカーテンまで閉めた。ベランダの方はカーテン全開で光が差し込んでるから完全に暗くなったりはせえへんけど。

「ごめん、さっき。嫌だったよね」
「……私、も。割り込んでったから……ごめん……」
「なんで千尋が謝んの?」
「やって、邪魔、したし……」
「……あのさ、千尋」

向かい合って私の両手が、倫太郎の大きな両手と繋がれる。それを見てから視線を上げればさっきと同じように私を見て優しく笑う倫太郎がおった。

「俺わざと、あいつに彼女いるからこういうのやめてってちゃんと言わずにいた」
「え、」
「まあだからといってこんなずっと毎日来るとは思わなかったし、今日みたいなのは本当困るけど」
「なんで……」
「千尋がちょっと嫉妬してくれたりしないかなって思ったりしてた」

だからさっきの、嬉しかったよ、俺は


きゅっと今度は倫太郎の指先に力が込められた。普段は飄々としとるっちゅうか、少し冷めたようにも見える倫太郎やのに、今目の前にあるんは年相応の可愛らしい笑顔で。いつやったかそれにきゅんとしたんを覚えてる。毎日話しかけてくれるんも嬉しくて、連絡取ってるんも楽しくて、少しでも一緒に居られる時間が大切で。
……なにが、好きとかよう分からへん、やねん。私とっくに倫太郎のこと、こんなに大好きやんか。

「……私、リアコ、なんかやない」
「リア……?え、何?いや確かにあいつ下の名前リカコだけど」
「リカコでもない!!」
「え、うん、千尋は千尋でしょ。……リアコ?リカコ?マジで何……」

オタ用語に困惑してる倫太郎になんか構ってられんかった。リアコについてはあとで説明したる!あとあの子の名前とか、どうでもええんや!
ぎゅっと、倫太郎の倍以上の力で握り返してから倫太郎を見据えた。

「っ好き!」
「え」
「倫太郎が、好き!!」

口をついて出てきた言葉に嘘偽りなんかなかった。本心やもん、だから咄嗟に出てきたんやもん。
……せやで、私はリアコやない。倫太郎はアイドルでも憧れの人でも二次元のキャラでもない、今ここにおって、私を大事にしてくれとる、私の自慢の彼氏やろ。釣り合う、とか関係ないやん。だってあの日私だってこの人の隣に並びたいって思ったんやから。倫太郎が好きだから、一緒に居りたいって思ったんやろ。倫太郎が好き、だからそう思う。幼稚園児でもわかる、簡単なことやんな。

拍子抜けした倫太郎の顔を見て後からじわじわと羞恥心に襲われた。……付き合ってても好き言うのがこんなに緊張するんに、倫太郎はそれさえも越えて私に気持ちを伝えてくれたんやなあ。

「……千尋、ぎゅってしていい?」
「な、そんなん、なんで改めて聞くん、はずいからやめてや」
「だってそう言って自制しとかないと止まれそうにないし」
「は……!?」

何それ!?と思った時には既に倫太郎に力いっぱい抱きつかれとった。流石運動部スタメン、力強すぎてちょっと苦しい。ついでに少し背中反り気味やから体勢が辛い。あんまりにもぎゅうぎゅうするから、私が腕回す余裕さえないし。
だけど聞こえてきた倫太郎の心臓の音が少し速くて、逆にそれ聞いとったらなんか力抜けてきてしまいには笑いが込み上げてきた。

「……何笑ってんの」
「やって倫太郎、いつもみたいな余裕ないから」
「そりゃ、なくなりもするよ。彼女から初めて好きって言われたら。ていうか別にいつもだってそんな余裕あるわけでもないんだけど。あーもう今日色々ありすぎて無理」
「無理しか出てこおへんとかオタクと同じやん」
「語彙力消えたってやつだわ」
「感極まったオタクんことバカに出来へんな」

そうかもって言う倫太郎にまた笑って、私の笑い声聞いた倫太郎も笑って、ふたりの小さな笑い声が誰もおらん教室の隅で重なる。この世界には色んな幸せが溢れとって、今までだってオタ活しとってそう思うことがたっくさんあったけど。ひとつがふたつになることを、幸せと呼ぶんもありなんやなあってこっそり思った。

「ねえキスしていい?」
「……今まで何回か聞かんでしたくせに……」
「ごめんって。今ならオタク的にもシチュエーションバッチリでしょ?」
「……なんでもええ、倫太郎なら、別に。そんなんどうでもええ」

そうしてそっと腕から解放されてから降ってきたキスは、さっきと打って変わって丁寧で柔らかくて、ほんでもって優しかった。




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