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***

 総が帰宅すると、従弟にして同居人の和弥は既に就寝した後のようだった。居間の灯りを点けながら、寂しいような、ほっとしたような複雑な気分で小さく溜め息を吐く。

 冷蔵庫から1.5リットルのお茶のペットボトルを出し、直接口を付けようとして思い止まる。以前同じことをして、和弥に非常に嫌な顔をされたのを思い出した。洗い籠の中にコップを見つけて取り出し、それにお茶を注ぎながら、水滴ひとつ残さず拭き上げられたシンクの縁や調理台を眺めた。東京の社員寮に住んでいた頃、シンクに溜まった使用済みの食器をカビさせた前科のある総としては、従弟のその几帳面さは驚くべきことだった。

 食器はカビないし、洗濯物やゴミも溜まらないし、床に落ちていた洋服が気付けば埃まみれになっていたというようなこともない。男2人の生活は気楽なもので、和弥が少々口うるさいのを除けば概ね快適だった。

 なのになぜ。
 総は和弥が寝ているであろう部屋の扉をちらりと見遣った。

 なぜ、その快適で平穏この上ない生活に、それを乱すようなややこしい感情を入り込ませてしまうのだろう。
 自分勝手とは思いながらも、どこか拗ねるような、恨みがましい気持ちになるのを止められない。
 そんな風に思う一方で、あの飲み会の明け方以来、和弥からそれらしいアプローチがないことに戸惑ってもいた。ともすれば総の考えすぎなのではないかと思ってしまうほど、和弥の態度は以前と変わらなかった。だからといって、露骨にアプローチされてもそれはそれで困ってしまうのだが。

「お帰り」
「うわっ」

 背後から突然掛けられた声に、総は竦み上がった。

「『うわっ』って何だよ」
「ご、ごめん。寝てると思ったから」
「寝てたよ。トイレ」

 淡々と告げると和弥は廊下の方へすたすたと歩いてゆく。動悸が治まらないままそれを見送っていた総を振り返り、和弥が口を開く。

「総くん」
「な、何」

「……冷蔵庫。閉めなよ」
「え? あ、うん」

 ペットボトルを戻しかけたところで和弥が起きて来たので、冷蔵庫の扉が開けっ放しになっていた。途端に足元に冷気を感じ、総は慌てて扉を閉める。和弥の姿が暗い廊下へ消えると、どっと疲労が押し寄せたように感じて思わず額に手を当てた。

「いや言われても困るんだけどさぁ……でも……」

 弱々しく呟き、総は使い終わったコップを緩慢な動作で洗った。


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