9-2


「あー彼女欲しい!」

 昼休みの食堂の喧騒の中、呻くように発せられた友人の台詞に、隣のテーブルの女子学生から冷ややかな一瞥が投げかけられた。何故だか向かいに座る和弥の方が萎縮してしまう。

「クリスマスだしね」
「そう! あーあ、可愛い彼女さえいたら何もかもバラ色な気がする」
「そんなことないでしょ。いたらいたで色々大変だと思うけど」
「……とか言ってちゃっかり相手見つけちゃうタイプだよねお前」
「ないない」

 いつぞやの新歓コンパに巻き込んでくれた友人とは、何となく今でも関係が続いていた。
 結局あの時の音楽サークルに入った彼は、先輩とバンドを組み、髪の色を明るくし、毎週のようにコンパに参加しては二日酔いで授業をサボり、と見ている方が気恥ずかしくなるほど着々と「大学デビュー」を果たしていたが、恋愛だけはまだのようだ。入学したての頃に比べて随分垢抜けたと思うのだが、ご縁がないらしい。

「全然興味ないの?」
「……まぁ」

 一瞬、好きな相手がいる、と言おうかと思い、そんな風に思ったということに驚いた。
 やはり自分は、そういう意味で総を好きになっていたのだ。和弥の心臓が、どっ、と大きく跳ねた。
 今までどこか遠く感じられた恋愛の話題が、初めて自分に関わるものになっていた。同時に、永遠にそこから遠ざけられてしまったような気がした。和弥の「恋愛」は、友人に気軽に話せるような類のものではない。

「……そんなに大事? 恋愛って」
「うーん……そう言や何でだろうな、彼女いる奴が勝ち組、みたいなのって。誰が言い出したんだろ」

 総とこの先どうこうなることは考えにくい。にも関わらず、同性を好きになったことで、目の前の友人に対しても、これから出会うあらゆる相手に対しても何か重大な秘密を持ってしまったような気がするのはなぜだろう。恋愛なんて、その人を構成する様々な要素のほんの一部分に過ぎないのに。

「彼女いなくてもそれで満たされてるんなら別にいいだろって気もするよな。放っとけよ、っていうか……あぁでもやっぱ彼女欲しいわ」

 ペアを作らなくても、満たされていれば。しかし、初めから欲していないのと、欲しくても手に入らないから諦めるのとは、本質的に違う。たぶん、欲するのを止めることはできない。
 トレーの上のうどんを見つめながら、これまで知らなかった感情が次々と心の表面に浮かび上がってくることに和弥は戸惑っていた。

「女の子と遊んだりとか……まぁ色々してみたいのと、あとはやっぱ『彼女いる』って言いたいんだよな。見栄か? 結局」

 反応のなくなった和弥を気にも留めず、友人は自問自答を始めてしまっていた。

「気になる相手とか、いないの?」
「サークルとかクラスに可愛い子何人かはいるけどさ。みんな彼氏持ちなんだよね」
「………」

 何か猛烈に噛み合わないものを感じたがうどんの汁とともに飲み込み、和弥は「そろそろ昼休み終わるね」と話題を逸らした。


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