9-1


9.穏やかな睡眠のための


 浅い眠りの中で、総の足音を聞いた。まだ起きてるんだ、寝なくていいのかな。
 薄い壁の向こうに他人がいる。
 その状況に今ではすっかり慣れてしまっていた。

 修学旅行も宿泊研修も、和弥は苦手だった。他人と同じ部屋ではよく眠れない。いつまでも寝付けず、他の生徒や自分の寝返りを打つ音がやけに耳に付く。夜中に何度も目を覚ました揚げ句、早朝に目覚めてしまう。睡眠不足がすぐに症状に出るほうで、そんな時はいつも鈍い頭痛を抱えたまま翌日の活動に臨むことになるのだった。

 隣室のクロゼットを開け閉めする音。衣擦れ。ベッドの軋み。微睡みながら総の気配を追う。眠ったまま、耳だけをぴんと立てた猫のように。それは決して不快な感覚ではなかった。

 旅行や出張で総の居ない晩には、その静けさがかえって和弥の眠りを妨げた。冷蔵庫のうなりを妙にうるさく感じた。総の気配に安心してしまう自分が、何だか腹立たしい。

 寝返りをひとつ打ってまとまらない思考を投げ出し、和弥は完全に意識を手放した。


「なああれ、始まってるんだな、イルミネーション」

 トーストを齧りながら総が言う。

「あぁ、うん。おれも見たよ」

 総の言う「イルミネーション」とは、毎年12月に市内中心部にあるケヤキ並木が数十万個の電球で彩られる「SENDAI光のページェント」のことだろう。

「わざわざ見に行ったの?」

 意外そうに眉を上げる総に、

「まさか。たまたま通りかかっただけ。……でも意外と綺麗だったかも」

 考え事をしながら歩いていて大通りに突き当たったとき、やけに人が多いなと思って顔を上げると頭上に無数の光の花が咲いていた。似たようなイベントは全国各地にあるのだろうが、トンネル状に枝をひろげた立派なケヤキ並木が光り輝く様はなかなか見事なものだった。

「会社の寂しい男どもは『電気のムダ』とかってバカにしてたけどさ。ちょっと見とれちゃうよねあれは」
「うん」
「まぁカップルだらけでムカつくのは確かだけど」
「はは」
「……えーと、和弥は誰か一緒に行く相手とか、」
「いないけど」
「そっか。えーと、あ、おれと行く?」
「やめとく」
「だよねぇ」

 総はコーヒーのマグカップを持ったまま、上目遣いで和弥を窺っていた。

 どうも、先月の飲み会のあたりから総の様子がおかしい。
 和弥の膝枕で目覚めた総は、寝起きとは思えない素早さで飛び退き、口の端の涎を拭いながら詫びた。

「ご、ごめん! 重かっただろ」
「足、痺れた」
「その辺に転がしといてくれてよかったのに」
「ああ……うん」

 膝の上の重みが愛おしかったのだとは、言わない。言えない。女々しい自分が嫌だった。

 しかし言わなくとも、1時間以上も男に膝枕を許す不自然さを、さすがの総も感じ取ったらしい。しくじったと気づいたときにはもう、総の態度がかなり不審なものになっていた。


<< | >>

[top]

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -