8-3
0時を回った頃、明日も予定があるからそろそろ、と女性陣が腰を上げた。バスも地下鉄も既にないのでタクシーを呼び、送っていくという鴻巣と3人で帰ってゆく。
また宴会の席に(半ば強制されて)加わっていた和弥もこれを機に自室へ引っ込もうとしたのだが、総によって引き止められる。
「明日休みだろ? まだいいじゃん」
呂律が怪しい。頭をぐらぐらと揺らす総に、和弥は余程「もう寝なよ」と言おうかと思ったのだが、どうにか飲み込んだ。それは残っている面子に帰れと言っているに等しい。
結局総の隣に残ることにして、和弥は自分のグラスに新たにウィスキーの水割りを作る。 話題は夜が更けるのに比例して下らないものになり、男ばかりの場は大いに盛り上がった。適当に相槌を打ち、ロックでウィスキーを煽る総のグラスに隙を見ては水を注ぎ足して薄めながら、和弥は総を観察した。
常にないこの酔い方は、やはり以前の恋人だという佐竹の存在と関係があるのだろう。彼女らが帰った後にはほっとしたような様子を見せていた。
嫉妬めいた感情が無いではなかったが、和弥のそれは佐竹に対してというよりも、当たり前に総の関心を引くことのできる女性というもの全般に対するものだった。そして、嫉妬や憎しみ以前に大きな諦めがある。水のように透明なそれは静かに、しかし相応の質量を持って和弥の心をすみずみまで満たし、激しい感情を封じていた。
安物のウィスキーのボトルが空になる頃には、カーテン越しの11月の空が白み始めていた。
「そろそろ始発が動いてるな」
帰って寝るとするか、と、登志郎の他にもうひとり残っていた大野という男が時計を見て言う。「始発」というのは、近くの大学病院の前のバス停を通る始発バスのことである。
「片付けていくよ」
テーブルの周囲に散乱する空き缶やら菓子の袋を集めようとする彼を、登志郎が「任せろ」と制した。
「悪いっすよトシローさん」 「いいからいいから」
登志郎は軽く請け合い、それじゃあ、と大野は和弥に挨拶するとふらつく足取りで帰っていった。総は見送りもせずテーブルに突っ伏している。
「さて、おれも帰るかな」
キャンパスに住み着いていると噂される登志郎だが、実際は大学近くにアパートを借りている。和弥たちのマンションからも歩けないことはない、という距離だった。
「片付けは」 「任せる」
爽やかに言い切り、登志郎はさっさと上着を着始めた。徹夜明けとは思えない軽やかな足取りで玄関へ向かう彼を、和弥も仕方なく見送りに立つ。
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