8-2
仕上げに塩胡椒を振ったじゃが芋の皿を和弥が持っていくと、オムレツはひとかけらも残らずなくなっていた。
「旨かったぁ、これ。また今度作ってよ」
総はにこにこと笑いながら、ほらほら和弥も座って、と従弟の腕を引っ張った。甘えるような総の仕種に、和弥はどきりとする。
「トシロー先輩、和弥にもビール!」 「はいはい」 「や、おれは……」
冷蔵庫から新たな缶ビールのケースを取り出す登志郎を和弥は慌てて止めたが、プルタブを開けた缶が問答無用で目の前に突き出される。
「はいカンパーイ」
総が飲みかけの缶をぶつけてくる。向かいで佐竹嬢がくすくすと笑っていた。それを見て何となく嫌な気分になり、和弥は缶の中身を勢い良く煽った。
「お、いい飲みっぷり」
隣で総がはしゃぐ。空っぽの胃に真っ直ぐアルコールが落ちてゆく感覚に、和弥はくらりとなった。昼から何も口にしていない。今日の食事当番は総の筈だった。
総の陽気な友人たちはよく食べ、飲み、思い出話や各々の職場の話に花を咲かせた。佐竹嬢と鴻巣氏は親密さを隠さなかった。それを見て総が何を思っているのか、和弥にはわからない。 話題が和弥の知らない彼らの共通の知人の噂になった時、和弥はさりげなく席を立った。つまみを口にしてまぎらわそうとしてみたものの、やはり空腹が限界だったのである。
台所で発見したカップ焼きそばを立ったまま食べていると、コップを持った総がやって来た。
「あー、それおれが買ったやつ」 「知らないよ。誰のせいで空腹だと思ってんの」 「えー」
総は流しにもたれて目を閉じた。かなり酔っているらしい。 彼の手からコップを取り上げ、和弥は水を汲んで渡してやった。
「はい。水飲みに来たんでしょ?」 「あ、うん。ありがと」
一気に飲み干し、コップを流しに置いても総はその場を動かなかった。
「戻らないの」 「んー……それひと口ちょうだい」 「いいけど」
一瞬躊躇ったが、和弥は使いかけの箸と焼きそばの容器を渡す。
「旨い」 「そう?」 「おれが作ると何か柔らかくなるんだよね」 「……ちゃんと時間計らないからじゃない?」 「そうかー」
暫くそんな他愛ない話をしてから、総は席へ戻っていった。あの場にいたくなかったのかも知れない、と和弥は思うが、確証はない。
宴の輪の中で、総は相変わらず陽気だった。
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