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6.静かな休日のための


「お帰り」

 濡れた傘を振って水滴を払いながら和弥が帰宅すると、部屋着姿の総がだらけた姿勢で出迎えた。出掛けているものと思っていたので、和弥は意外そうに眉を上げる。

「ジムは?」
「さぼり。怠くて」

 不真面目な学生のような台詞を口にし、総は欠伸をした。昨夜遅くに地方出張から戻ったばかりで疲れが残っているらしい。
 どちらかといえばインドア派の和弥と違い、総は休日となればジムにショッピングにスポーツ観戦にと精力的に活動していた。こうして家でDVDを観ているというのは珍しい光景だ。

「そっちこそ、試験と面接どうだったの」
「筆記試験はできたけど、面接はどうだか。採用なら今週中に連絡寄越すって」
「大丈夫だろ」

 和弥は今日、塾講師のアルバイトの採用試験を受けてきた。実家から戻り、10月の後期授業開始前にとバイト探しを始めたのだ。

「何これ」

 カートリッジコーヒーをカップにセットしながら、和弥は音量をゼロにしたテレビの画面を指差す。そこには先程からずっと、海中の魚やダイバーが映し出されていた。

「『ディープ・ブルー』。おれにもちょうだい」
「うん」

 総の分もコーヒーを用意し、和弥は彼の隣に腰かける。バイト代が入ったらコーヒーメイカーを買いたいな、とふと思い、気が早いかとひとり照れた。

「ありがとう。……あれ、雨のにおい」
「雨だもん」

 和弥の纏う微かに土臭いような匂いに気付き、総はベランダの方を見遣った。外では細かい雨が音もなく降っている。9月半ばの仙台はまだ夏の気配を色濃く残していたが、こうして雨が降ると気温が上がらず肌寒い。少しずつ日も短くなっていた。

 ゆらゆらと音もなく画面を横切る深海魚に、音もなく降りしきる雨。冷蔵庫の唸りだけが微かに響いていた。静かな部屋の中、二人もまた沈黙する。

 休日をひとりで過ごすことが当然になっていた和弥は、すぐ傍の気配が疎ましいような温かいような奇妙な気分だった。


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