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「ただいま。ビールと焼き鳥買ってきた」

 翌週の火曜、結局帰省を1日遅らせた和弥は、翌日のための荷造りも終えて手持ち無沙汰に同居人の帰宅を待っていた。
 あのスリムなデザインのスポーツバイクのどこに積んできたのか、両手に袋を提げて総はご機嫌だ。

「ただの晩酌のために1日遅らせろって言ったわけ?」
「……お前、知らないの?」
「何を」
「花火大会だよ、今日」



 普段は鍵の掛かっているマンションの屋上が管理人の好意で解放され、自宅から花火を見ようという横着な住人達がまばらに集っていた。
 仙台市指定ごみ袋(中)に畳んだブランケットを入れた即席の座布団をその一角に設置し、酒やつまみに団扇も運び上げて、和弥たちも陣を敷く。風は幾分涼しくなったものの、コンクリートには昼間の熱が残っていた。
 
明日から仙台七夕まつりが開催される。中心街のアーケードに色とりどりの笹飾りが連なり、出店が並び、夜にはステージパフォーマンスやパレードが行われる。多くの観光客を迎え、杜の都がよそゆきの顔を見せる3日間だ。今日はその前夜祭として花火が打ち上げられる日だったのである。

「あのタワーマンションの左手の空に見えるはずだから」
 和弥は総の指差した方角を眺めた。空はまだ薄明るく、花火が上がる気配はない。
「とりあえず乾杯」
 総がビールのロング缶を掲げた。
「早くない?」
「いいのいいの。花火なんて酒盛りの口実だ。花見の桜も然り」
「何それ」
「と、某トシロー先輩が仰っていた」
「名言だね」
「だろ?」
 ふたりは久しぶりに顔を見合わせて笑い、びっしりと水滴の付いた缶同士をぶつけ合った。小気味良い音を立てて缶の口を開け、よく冷えた中身を一気に喉へ流し込む。
 勢いのまま、揶揄うように和弥は問うた。
「屋上になんて連れてきてよかったの?」
「どうして」
「酔って飛びたくなっちゃうかもよ、おれ」

 総はつまみのスナック菓子へと伸ばしかけた手を止め、静かに和弥を見た。

「ならないよ」
「え?」
「和弥はそんなことしない。……お前、ちゃんとそう言ったのにね。信じてなくてごめん」

 和弥が何も言えずにいると、ごくごくとビールを呷った総が再び口を開く。
「昔っから和弥って、落ち着いててマジメで、親戚のちっちゃい子の面倒とかもよく見てたよな」
「そう?」
「そう。だからそんな奴が何で?って……おれですらこんなショックだったんだもん、ずっと和弥のこと見てきた叔母さんは尚更だろ」
「うん……」

 いつの間にか、辺りは闇が濃くなっていた。夕日も西の空にわずかにその名残を留めるのみである。

「ずっと申し訳なくてさ。母さんは何も悪くないのに、自分のこと責めてて……なのに過保護にされるといい加減にしろよって思っちゃったりして。そういう自分も嫌で」
 後ろめたい。謝りたい。しかし同時に、いつまで過去に縛られなくてはならないのかと思うこともあった。


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