4-3
登志郎が食い散らかしていったつまみや酒の空き瓶を緩慢な動作で片付けながら、総は和弥を窺う。
その視線を敢えて受け流し、和弥も食器洗いを開始した。
「叔母さんさ……」
隣に立って洗い上がった食器を拭きながら総が切り出す。
「ん?」 「いや、何か言ってた?」 「ああ、総くんによろしくって」 「そう」
総が和弥の母親の件を気にしているのは明らかだったが、敢えて詮索するまいと思っているのかも知れない。 その気遣いも、興味を持たれることも、和弥はどこかくすぐったく感じた。それは自分自身でも意外な心の動きだった。
自分からは誰にも明かしたことのなかった事情を、総に話してみようかという気分になる。それに、和弥の母親のせいで彼と同居することになってしまった総は当事者も同然だろう。
「母さんがああなのってね」
「……うん」
「おれのせいなんだ」
「和弥の?……それって、おれ、聞いてもいいのかな」
躊躇いと興味を半々に滲ませ、総が問う。
「うん、昔の話だし」
「昔、なんかあったの」
「自殺未遂」
「ジサツミスイ」
総が鸚鵡返しにする。それはIやyouを主語にして語るには、やや重すぎる響きを持った言葉だった。
自宅のマンションのベランダから飛び降りた。中学3年生に上がる春の話だ。
4階だったが、下の駐輪場の屋根と植え込みのお陰で命は助かった。数ヵ所を骨折し、担任教師をストレスで入院させ、祖母を泣かせ、神経衰弱に陥った母は休職を余儀なくされた。
家庭に問題もなく、学校での友人関係も良好、第一志望の高校は安全圏と言われていた。つまり、自殺の動機らしきものは全く浮かび上がってこなかった。 和弥自身にさえよくわからない。飛び降りる前後の記憶は酷く曖昧だった。何かを思い詰めているということもなかった。
それだけに周囲は一層不安がり、母は眠る時さえ和弥から離れようとしなかった。 家の中の空気が重くなった。当時は幼く、詳しい経緯を知らされなかった妹たちにもその原因が和弥にあることは理解できたようで、退院した兄を恨みがましい目で見つめた。
春休みのことで、新学期の開始に少し遅れて松葉杖を手に現れた和弥に友人たちは驚いたが、学校では「交通事故」ということで通した。以前と変わらない和弥の様子に、それを疑う者はいなかった。
口を噤めばなかったことになると信じているかのように、母は息子の自殺未遂を誰にも話さなかった。親しくしていた自分の姉、つまり総の母親にさえ。総が何も知らなかったのはこうした事情からである。
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