4-2
翌日の昼過ぎ、和弥は携帯電話のバイブ音で目覚めた。 ディスプレイには「母」の文字。痛む頭を押さえて起き上がり、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『和弥?声が変だけど、風邪?』
昨夜の酒と、寝起きのせいだ。和弥は小さく咳払いをした。少し離れた床で登志郎が鼾をかいている。総はとっくに出掛けたようだ。
「違う。それよりどうしたの?」 『うん、今ね、仙台駅にいるんだけど』 「は?」
思わずぽかんと口を開ける。 登志郎が寝返りを打った拍子にテーブルの脚にぶつかり、ビールの空き缶ががらがらと床に落ちた。
『これから行くけど、笹かまいる?』 「いや、笹かまじゃなくて」 『じゃあ何がいいの』 「……じゃなくて、何しに来たの」 『20分くらいで着くからね』
まったく噛み合わない。大方、わざわざ様子を見に来たのだろう。
「んー……和弥くん……?」
目を覚ました登志郎が呻く。酒の匂いのこもる部屋の中を、先程の空き缶が転がっていった。 母親を迎える環境としては最悪と言えるだろう。
「トシロー先輩、窓開けて、ゴミ片して、……帰って」
和弥は掠れ声で呟く。頭痛が増したような気がした。
「いやぁ美人だね、和弥くんの母上」
結局その日の夜まで居座った登志郎が、濃い水割りを水のように喉へ流し込みながらのたまう。
「叔母さんも仕事忙しいだろうに、よくここまで来たね」 まだ二日酔いなのか、総は少々怠そうだ。
弁護士をしている和弥の母親は、2時間ほど息子と話すと埼玉へとんぼ返りしていった。 興味津々の様子で居座った登志郎は驚くほど常識的な対応を見せ、母親を安心させるのに一役買ってくれた。よくわからない人だと改めて和弥は思う。
「でも意外だったなぁ。話聞いてスネ夫のママみたいなの想像してたのに、あんなカッコイイ女性とは」
女性にしては長身で、ショートカットにナチュラルメイクの彼女は、確かに3日置きに息子に電話するような「過保護な母親」のイメージとは結び付かない。
「そういえばおれも不思議だったんだよね。叔母さんってもっとサバサバしたひとのような気がしてた」 総も首を傾げる。
和弥は曖昧な笑いを返すことしかできない。総は正しい。母親はもともと、どちらかと言えばクールでこだわりのない性格だった。現在のようになってしまったのには理由がある。
和弥の様子から何か事情があることを読み取ったのか、総はことさら軽く「ま、いいけどね」と言って話題を打ち切ると、笹かまぼこの包みをぴりぴりと開け、かぶりついた。
そこで突然、レトロな黒電話を思わせる着信音が鳴り響く。
ジーンズの尻ポケットからあたふたと携帯電話を取り出した登志郎が、ディスプレイを見て「飲みのお誘いかな」と目を輝かせた。 信じられないといった様子で総が顔をしかめる。
しかし、果たしてその通りで、登志郎はコップの酒を一気に飲み干すと跳ねるような足取りで1日ぶりの繁華街へと舞い戻って行った。
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