結婚前夜、あるいは十数人の怒れる男
引き摺られるようにして薄暗い部屋へ連れてこられた10年来の友人を、津田は醒めた目で見詰めていた。
「主賓の登場だ」 「ちょっと、痛いんだけど」
無理やり前へ押し出されて顔をしかめている。
「サヤ」
ひとりの男が静かに前へ出た。
「あ、目黒先輩。これって何の集まりですか? おれ明日結婚式なんで早めに帰りたいんですけど」
男ばかりが10人以上も犇めき合う部屋を、サヤ――狭山はきょろきょろと見回している。
「サヤ、先週久しぶりに清川と飲んだんだ」 「清川先輩?」 「あの野郎酔っ払って、お前を抱いたことがあるって」 「はぁ」 「お前が2回生の時だ。あの頃お前、おれと付き合ってたよな?」
大学時代の先輩に詰め寄られ、狭山は困ったようにへらへらと微笑んだ。まったく軽薄な男である。
「サヤ」
また別の男が狭山に話し掛ける。
「あ、湯沢さん、お久しぶりです」 「結婚するんだってね」 「そうなんです。ありがとうございます」
おめでとうとも言われないうちから、狭山は照れ笑いで礼を述べる。
「サヤ、僕も婚約していたんだ。3年前、君の上司だった頃は」 「あれ、そうなんですか?」 「だけど君に夢中になって、何もかも捨てた。新居のつもりで買ったマンションも妻になるはずだった女性にくれてやった。それが、突然地方に飛ばされてしまって……」
「会社の役員もタラシ込んでたらしいぜ」
隣に座る男が苦々しい顔で津田に耳打ちしてきた。苦笑いで受け流す。それを機に立ち上がった。
「サヤ」
こちらを振り向いた狭山の表情が、ぱっと明るくなった。
「津田! 懐かしいな」 「サヤ、お前、遊びすぎ。ここに居る奴ら全員被害者だ」
狭山の顔が強ばった。漸く事態が飲み込めたらしい。
「お前みたいな奴がまともに結婚なんてできると思うなよ」
「今更女なんかで満足できるのか? この淫乱」
次々と罵声が飛ぶ。
「サヤ、観念しな」 「津田、おい……」
腕を掴む。そのまま強引に引き寄せ、ぶつかるようにくちづけた。
「結婚オメデト、サヤ」 「え……」
それを合図に、周りにいた男たちが次々と飛び掛かるようにして狭山に抱擁とくちづけを浴びせた。
「地獄へ落ちろ」「嫁さんに性癖がバレて捨てられろ」「捨てられたらおれのとこへ来いよ」「幸せになれよ」――……
揉みくちゃにされて茫然としていた狭山は、荒っぽい祝福の言葉に、やがて破顔した。
「ありがとう、みんな。ヒトヅマになってもよろしくね」
蕩けるような笑みを浮かべる狭山に、会場のあちこちから「畜生」だの「犯す」だのと雄叫びが上がる。 やがて酒や料理が運び込まれ、狭山を囲んでの宴会が始まった。
「うわ、グロい!」
「皆から」と渡された何の装飾もない紙の包みを開け、狭山は笑い混じりの声を上げる。 ごろりと転がり出たのは、大袈裟に血管の浮き出した、黒光りする巨大なディルドーだった。狭山はけらけらと笑いながらそれを摘まみ上げている。
「お前みたいな淫乱にはそれがお似合いだろ」 「玩具じゃ物足りないんじゃないのか?」
笑みの滲んだ声が囃し立てる。包みには他にも、先端部分に電飾の仕込まれたバイブや紐状の下着といった悪趣味なプレゼントがこれでもかと詰め込まれていた。
「凄い、これ」
調子に乗って卑猥な仕草で玩具に舌を這わせる狭山に、会場の熱気が高まる。津田は呆れて溜め息をついた。
「本当に結婚するのか?」
「するよ」
独り言に返事があったのに驚いて横を見ると、いつの間にか狭山がぴったりと寄り添っていた。
「家庭生活なんてお前にやっていけるわけ」 「意外と家庭的な男だよ、おれは」 「なんでまた結婚?」 「いや、実は子どもできちゃって」
今度こそ、開いた口が塞がらなかった。この節操のない男が、父親?
「楽しみだなぁ。男の子かな、女の子かな」 「……子どもが哀れだ」 「そんなことないってば。ずっと子どもが欲しかったんだ。それが夢だった」
あちこちで生産性ゼロの関係を重ねていた男の台詞とは思えなかったが、狭山の表情は穏やかだった。いつもそうだ。まるでそれがライフワークであるかのように修羅場や泥沼を量産しておいて、本人は悠然と構えている。台風の目のような男だ、と津田は思う。
「それより、さ」
狭山が意味ありげな笑みを浮かべる。玩具の詰まった包みが津田の膝をつついた。
友人の唇が「あそぶ?」という言葉をかたちづくったのを目撃し、津田は改めて、強烈な目眩を覚えたのだった。
Fin.
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