いまそれどころじゃない
How to Get Along with
たまに――ほんとうにたまに、割合にして12回に1回ぐらい(数えたわけじゃないが)なのだけど、睦月にじゃれついて本気で邪険にされることがある。
ふざけて嫌がったり軽く振り払ったりするのではない。それはもう、心底鬱陶しそうにこちらをちらりと見る。それだけ。
疲れているとか、何か嫌なことがあって機嫌がよくないとか、そんな大したことのない理由なのだろう。が、しかし、彼に甘えたくなるのはこちらだって少々しんどい時なのだ。付き合い始めたばかりのカップルでもあるまいし、四六時中くっついていたくてそうするわけではないのだから。
そこのとこ、配慮してほしい。
と、頭の中で言いたいことは渦巻いたが、結局何も言えずに身体を離す。
沈黙。気まずい空気。睦月はこちらを見もせずに、定期講読しているNewsweekの誌面を睨み付けている。
諦めて風呂にでも入ろうか。
――いや、今日という今日は何かひとこと言ってやらねば。
「睦月」 「何」
さわりたい、ハグしたい。そんな嫌そうな顔されたら傷つく。疲れてるとかそんな気分じゃないとか、口で言ってくれたらわかるのに。
かなしさの塊が喉にせりあがってきて、うまく言葉が出ない。代わりに傍にあったクッションを彼の顔目掛けて投げつけた。
「いてっ、おい、フミ!」
怒った、というよりは驚いた睦月の声。途端に恥ずかしくなって浴室へ逃げ込む。クッション投げるなんて、30を過ぎた男のすることではない。
そのまま勢いで服を脱ぎ捨て、頭からざあざあ湯を浴びた。
髪と体とを丹念に洗って出る頃には幾分冷静になっていた。スウェットの下だけを穿き、恐る恐る居間へ戻る。
こちらに気づいた睦月がソファから立ち上がる。テレビがヨーロッパのサッカーの試合結果を伝えていた。表情には先刻の険しさはなく、ただ戸惑いが浮かんでいる。
「さっき、ごめんね」
こちらから謝ると、「まだ濡れてる」と指摘された。
「うん……」
肩に掛けていたバスタオルで、髪や背中の水滴を乱暴に拭き取られる。
睦月の、おそらくは精一杯の気遣い。嬉しかった。
「服、着てくる」
照れ臭くなって背を向け、寝室へ向かおうとしたところを後ろから抱き締められる、 ……という妄想をしたけれど、特にそのようなことはなかった。十分だ。上等だ。
気遣いと譲歩、ちょっとの諦め。そうして、なんとかうまくやっていく。
ぼすん、
背中にクッションが当たって落ちた。
……やっぱりうまくやっていけないかも知れない。
背後で笑いを噛み殺す気配がした。
おわり。
[top]
|