染まる舌

Seasoned with YOU


コンビニエンスストアの煌々たる明かりの中で、僕は小さく唸り続けていた。

3日前、そういえばコンビニのお弁当というものをもう随分食べていないな、と思い、うきうきと買いに行った。半分までは美味しかったのだが、後半は濃い味付けと舌に残る不自然な後味にうんざりしてしまって、食べ切るのが一苦労だった。

一昨日は近所のファミレス。店内で調理するぶん、作られてから時間の経った弁当よりは幾分ましだが、やはり半分で飽きてしまう。それに、ひとりで入る夜のファミレスにはどこかやるせないもの寂しさがあった。

それで昨日は同僚を誘って飲みに行った。あれこれと喋りながら飲むのは楽しいが、安い飲み屋の食べ物というのはなぜああも塩辛く、揚げ物率が高いのか……

何が言いたいかというと。

家のご飯が、食べたい。

睦月は4日前から海外出張でいない。家に帰ってもどうせ誰もいないから、とつい余分な仕事まで引き受けてしまって、連日帰宅が遅くなっていた。僕だって料理ができないわけじゃないが、疲れて帰ってくるとそんな気力も湧かない。

こんなに食べ物に溢れた店内で、食べたいものが何もないなんて不幸だ。お腹は空いているのに、蛍光灯の光を浴びて並ぶ商品のどれひとつとして美味しそうには見えないのだった。



━━というのが、既に昨日のこと。

僕の車に気付いた睦月が寄ってくる。トランクにスーツケースを積むと助手席に滑り込んできた。

「お帰り」
「ただいま。迎えありがとな」

今日は仕事を少し早めに切り上げて(その辺は融通が利く)、夜の便で帰国する睦月を空港まで迎えにきた。

「晩ご飯どっかで食べてく?」

伺いを立てると、睦月は少し考えてからやけにきっぱりと「いい。スーパー寄って」と言う。



「冷凍庫の鶏団子、食べちゃったか?」

お腹のポケットにうさぎの縫いとりのある、妙に可愛いライトグリーンのエプロン(シャレのつもりで贈ったものだが本人は気にせず使っている)を着けながら、てきぱきと睦月が言う。
「ううん」
「じゃあそれと茄子を炊き合わせて……あとは…」

ぶつぶつと呟き、もはやひとりの世界。
ご命令通りに車を停めた近所のスーパーで、睦月は「すっかり夏だな」と嬉しそうに茄子やらオクラやらをカゴへ放り込んでいた。

手伝ったり邪魔したりしながら睦月の料理を見学していると、鶏団子の煮込みを小皿に取り分けて「味見」と差し出してくれる。

生姜の風味の効いた、ごくあっさりした塩味のスープに、鶏の旨味と野菜の甘味が溶け出している。うるさい味付けで隠さない、名前のない素朴な家庭料理。もし料理店で出されたら物足りなく感じるであろうそれは、全身に優しく染み渡るようだった。ここ暫く使っていなかった繊細な味覚が目覚めるのを感じる。

「味、薄いか?」
「ちょうどいい。美味しいよ」
「……疲れてるとさ、味濃いの受け付けないんだよな」

すごくわかる、それ。
ここ数日の悲惨な食生活を思った。感覚的にはちっとも「身」にならずに、身体に重たく沈澱していった出来合いの食品たち。
出張で外食ばかりだった睦月も同じようなものだろう。高級レストランの食事だって、何日も続けば家の味が恋しくなる。

随分贅沢な身体になったものだ。数年前までは、外食が続いたって何とも思わなかったし、コンビニ弁当に舌が痺れるような変な味を感じとることもなかった。

「……開発されてる」
「は?」
「感じやすくなってる……?」

ただし、食べ物に関してだけ。

「ひとが中国で苦労してる間に何やってたんだよ」

さっと茹でたオクラを刻む手は止めずに、睦月がちらりと冷たい一瞥を寄越す。

「やっぱり中華料理ばっかり食べてたの?」
「そうでもない。削り節出して、冷凍庫」
「はいはい」

炊飯器から蒸気が上がり、炊き上がったご飯のほのかに甘い香りがひろがる。

今夜は罪深い同居人にマッサージでもしてやろう、と思いながら、冷凍庫を開けた。


おわり。


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