天上の恋2
これは一体、何なのだろう。
モーテルのベッドの白いシーツに身体を投げ出しながら思う。こんなことがあっていいのか。こんな、とんとん拍子で、簡単に……
「史生さん」
覆い被さってくる太郎くんに優しい声で呼ばれ、何もかもがどうでもよくなった。
彼の首に腕をまわし、積極的にキスに応える。呼気に混じるアルコールの匂いにさえ興奮した。 どうしようもなく昂って、我を忘れて下半身を彼に擦り付ける。
と、そこで、太郎くんが全身を硬直させた。 蒼腿めた顔で身体を離す。
驚いて顔を上げると、彼はベッドの上に情けなく座り込んで、蚊の鳴くような声で「ごめんなさい、おれ、やっぱり男は……」と呟いたのだった。
ことの次第を聞いた睦月は、遠慮なく爆笑した。
普段他の相手とのことを逐一報告したりはしないけれど、今回ばかりは誰かに聞いてもらわずにはいられなかった。例え確実に爆笑されることがわかっていても、だ。
「ああ可笑しい……でも一体どういうつもりだったんだ、そいつ」
おろおろして逆に慰める僕に、太郎くんはこう白状した。 曰く「そうしてあげたら、史生さんが喜ぶと思って」。
誰かのために自分にできることがあるのなら何だってしたい。僕の態度から僕が求めるものを推し測って、そうした。 それが彼の論理だった。
「それはまた……献身的というか、自己犠牲の精神というか」 睦月はまだ笑っている。
じゃあ、女の子が告白してきたら、求められているという理由だけで付き合うのか。結婚してくれと請われたらそうするのか。
少し考えてから「そうですね」と平然と答えた彼が恐ろしかった。
「何だかなぁ。プライドも傷ついたけど、それよりあの子の将来が心配だよ」
やさしさを勘違いしている。僕の望みを読み取って、先回りしてそれを叶えてくれようとした彼。
欲しいだけ与えることが、相手の望みに忠実であることが愛ではないと、それは恋愛においてはとても失礼な態度なのだと、教員時代にも覚えのないような熱弁を振るったけれど。 どうもわかっていないようだった。
「今時の子ってみんなあんななのかなぁ」 「『今時の子』って……親父くさいぞ、オマエ」 「オヤジだもん。もう30だもん」
拗ねてみせると、睦月が不意に身を乗り出してきて、テーブル越しにキスされた。
「ドキッとした?」 「……しない、睦月みたいなオヤジじゃ」 「オマエよりは若いんだけど」
2歳だろ、たかが! それでもふと不安になる。もしや、睦月も……
「大丈夫、おれは居たくてフミと居る」
先回りして僕の欲しい言葉をくれる睦月に、疑惑はますます募るのだった。
おわり。
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