地層

The Way He Came


「(それが僕らにとって優しいものである限り、社会とは何かと考えることを僕らはしない。疎外されて初めて、僕らを取り巻くそれの存在に気づくのだ)」

酔った史生がスピーチ口調の英語でそんな風に捲し立てたことがある。知り合ってそれほど経っていない頃だ。
それはこう続く。

「(当たり前に恋人と結婚できる状況下にあって、結婚という行為が幾重もの社会的承認を得て成り立つものなのだということに気づくことはまずない)」

「(気づける立場にあることを感謝すべきだなんていうのはしかし、マジョリティの傲慢か、マイノリティのルサンチマンだ)」

何を言っているのかよくわからなくなってきた。

「(つまり?)」

「(つまり、……当たり前に、好きなひとに好きって言いたい。当たり前の、恋の悩みだけを悩んでいたい)」

史生は唇を咬む。
こいつは、しょっちゅうノンケの相手に淡い片想いと自己内失恋を繰り返している。
不毛だがいとおしい。

「(おれがいるだろ)」

セクシュアリティで悩みもせずにのうのうと生きてきたストレートの男なんて、深みがなくてつまらないぞ。
肩を抱き、芝居がかった口調で慰めた。アルコールでいつもより体温が高い。

「(そう、僕にはムツキがいる。だからほんとうは、大丈夫なんだ)」

ちょっと言ってみたかっただけ。
スピーチの締めくくりのつもりなのか、Thank youと言って史生は笑う。

苦悩と諦めが地層のように折り重なった、不思議な笑顔だった。


おわり。


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