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よろめくようにたまおに近づいた誠一を、慶吾が咄嗟に止めた。長身の慶吾に羽交い締めにされた誠一はひどく頼りなく見える。
「それは……僕の昔の服だ。なんだお前……」
誠一は繰り返した。 たまおが着ているパーカーは、國彦たちの前に初めて現れた時に着ていたものだった。息子のお古の中から沼沢が見繕ったのだろう。
「さいちがくれたもん。ポチのだもん」
泣きそうな顔で誠一を睨む。たまおの表情がそんな風に激しく変化するのを、國彦と慶吾は初めて目の当たりにしていた。ただ、そこに笑顔だけが欠けている。
「誠一君、……調査を妨害しようとしているというのは本当か」
敢えて遠回しな表現を選んだ都築の厳しい表情を凝視したまま、誠一は身を強張らせた。それが何よりも雄弁な返答だった。
「沼沢さんは手紙で不正を認めている。研究を手伝った者として、私も責任を取るつもりです。……これ以上お父さんの名誉を汚すような真似はやめてほしい」 「おじさん……僕は」
父の研究者仲間であると同時に旧くからの友人でもある都築を、誠一も慕っていたらしい。何かぼそぼそと弁解らしきものを述べる様子は子供っぽくさえあり、彼が陰湿な嫌がらせの首謀者であるとは俄には信じ難い。
やがて國彦が口を開いた。
「この手紙は調査委員会に提出することにします。……それでいいか?」
後半はたまおへの確認である。 たまおはじっと國彦の目を見つめてから、パーカーの裾から見えていたふさふさの尻尾をはたりと上下させた。
「帰ろ、たまおちゃん」
慶吾がたまおの横に膝を着き、優しく呼び掛ける。都築の雇った男らも、出番が終わったことを悟ったのか今度は大人しくしていた。
たまおはしかし、その場にじっと蹲ったまま動かない。
「たまおちゃん?」 「……ここにいる」
慶吾は困ったように、やや乱暴にたまおの頭を撫でた。
「ここで待ってたっておっさん帰ってこないぞ、ハチ公」
関係者の目の前で沼沢を「おっさん」呼ばわりはないだろうと苦笑しつつ、國彦もたまおの側へしゃがんだ。
「たまお、沼沢さんの手紙に何が書いてあったか知ってる?」
(2010/07/19)
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